第95回:上橋菜穂子さん

作家の読書道 第95回:上橋菜穂子さん

大人から子供まで圧倒的な人気を誇る『獣の奏者』を完結させたばかりの上橋菜穂子さん。代表作に「守り人」シリーズや『獣の奏者』がある。ファンタジー作家というイメージがあるかもしれないが、ご自分では、「ファンタジー」を書いているという意識はないという。幼い頃から読んできたもの、感じてきたこと、文化人類学についてのお話を聞くと、それも必ず納得できます。インタビューは現在教授として勤めている川村学園女子大学の研究室で。非常に楽しいひとときとなりました。

その3「格闘漫画から海外ミステリまで」 (3/6)

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――幅広い本を選ばれていますが、本はどうやって見つけていたのですか。

上橋 : 見つけ方は、わからないなぁ。好物の匂いに敏感なだけかも(笑)。本だけじゃなくて漫画も好きで。うちは父が洋画家で、漫画が禁止だったんです。筆一本でよく大学院まで行かせてくれたなあと思うのですけれど。今はもう80歳近いんですが、なにしろマンガが嫌いで(笑)。当時はストーリー漫画が流行っていたんです。三原順の『はみだしっ子』や『ベルサイユのばら』があって、萩尾望都も全盛期だった。一番好きだったのは佐藤史生。『死せる王女のための孔雀舞(パヴァーヌ)』や『夢みる惑星』が大好きで。手塚治虫の『ブラック・ジャック』も大好きだったけど、『火の鳥』をはじめ、いくつかの手塚作品には、高校生じゃ対処できない心の闇に出合ってしまったなと感じたことがありました。少年漫画も読んだし、『ガロ』なんかも読みました。でも、とにかく父が漫画を禁止にしているので、家に持って帰れないんです。それで必然的に、毎日帰り道に本屋で立ち読みをするようになる(笑)。本も同じくらい好きでしたから、文庫の棚をなめるように見て、好きなものを買っていました。『急げ、草原の王のもとへ』なんかは、親に買ってもらったのかも。あとは図書室ですね。サトクリフの大半は借りて読んで、大人になってから大人買いしました。

――ここまで大量に読んでいるとなると、小学生の頃に相撲が好きだったような、自分で身体を動かすことに興味を向けることはなかったでしょうねえ...。

上橋 : いやいや、女子高校生時代は、なんとかして強烈な右ストレートを打ちたかったんです(爆笑)。格闘漫画も大好きで。『リングにかけろ』は第一巻しか読んでないんですが、主人公がお姉ちゃんに鍛えろってパワーリストをつけさせられて生活をするんですよね。で、それを外したら突然、すごい右ストレートを打てるようになってるんですよ(笑)。それで、私も買ってつけていたんです。

――えっ! つけていたとおっしゃいましたか。

上橋 : パワーリストをつけて通学する女子高生なんていないよって、友だちに笑われました(笑)。そういうところは、すごく幼いわけですよ。

――時とか空間とか考えているような早熟な子なのにー。

上橋 : 夜はさらに百科事典を持って筋トレしたりしてましたね。ある時学校で巻いてあるマットを殴ってみて、素手で殴っちゃいけない、ということを学びました(笑)。拳がすりむけて、青むくれになっちゃってねぇ。中高は香蘭女学校で、片桐はいりと一緒に劇をやったりしていました。あるものでやるなんて意味がないよね、自分たちで作ろうぜって言って、原作は私が書いて、音楽も他の子が作って、衣装や剣も作って......私が原作なので、剣が出てくるような内容なんですけれど(笑)。

――作家になろう、と思ったのはいつくらいなんでしょう。

上橋 : 物心ついた時から、作家という職業の概念は知らないけれど、お話を作る人になるんだろうって思っていました。格好いい文豪とかじゃなくて、ごくごく自然に、自分が愛してきたような物語を、いずれ自分は生み出すんだろうなって思っていたなぁ。大学時代にアニメの「イデオン」か「ガンダム」の映画を観にいった時に、いつか私の物語が大きな画面に映るかも、そうしたら幸せだろうなって思った記憶があるし。本当に自分が作家になって、自作がアニメ化されているっていうのが、不思議な気がすることがありますよ。でも高校3年生までは、漫画家になろうと思っていました。

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――物語だけでなく、イラストも書いて。

上橋 : 戦士を描いておりました(笑)。授業中、1回聞いて分かったことを、先生が何度も言う時ってあるでしょう。気が短いので間がもたなくて、ノートの脇に描くわけです。すると先生が「お、上橋、今日は斧を持った男かー」って(笑)。残念ながら絵は下手だったので、大学に入った頃にはもう漫画家になることは諦めていました。

――ところでさきほど「イデオン」「ガンダム」の名前が出てきましたが、アニメも好きだったのですか。

上橋 : ハウスの世界名作劇場は好きでしたね。あの中では『母をたずねて三千里』が一番好き。第1話の、お金を稼ぐために壜洗いをしているところとか。何週間もひたすら旅をしていたり、豆の木の豆を、アメデオは食べられるのに自分は食べられないとか、そんなことを覚えています。一番好きだったのは『未来少年コナン』。ちなみに、「ガンダム」よりは「イデオン」のほうが好きだったかな。「ガンダム」(ファーストしか観てませんが)も好きだったんですけれどね。アムロがこれまでのアニメの熱血な主人公とは違うのを見て、何か表現を変えようとしているな、という制作者の心意気は感じていましたね。でも、私はキップのいい人が好きなので、正直、アムロに対しては「うじうじしてるんじゃねぇ!」って思ってたな(笑)。うちはアニメも禁止だったんですよ。だから親がいない間に、巨大なカセットデッキをテレビの前にくっつけて録音したりしてました。そんな両親が今や「『精霊の守り人』は素晴らしいアニメだったね」と語り、毎週『獣の奏者エリン』を楽しみに観てくれているんです(笑)。人って変わりますねえ。

――ところで、剣が出てくるモノや戦闘モノもお好きということで、チャンバラ小説はお読みになりましたか。

上橋 : 大好きですよ。さすがに中高生の頃は出合わなかったんですけれど、大学生になってから藤沢周平を読むようになって、すごいハマりかたをしました。最初は初期の作品を読んでしまって、あの暗さについていけなかったんです。でも『用心棒 日月抄』を読んで、そこから辿っていきました。池波正太郎も読んだし柴田錬三郎も山本周五郎も読みましたが、最高に好きなのは藤沢周平。今でも読む本がない時や、新作を書いている時に手にするのは藤沢作品。新作を書いている時は、新しい小説を読むとリズムが変わってしまいそうなので、すでに知っている本を読むんです。そういうときに手に取るのが、藤沢周平と、宮部みゆきと、あとディック・フランシス。

――ディック・フランシスといえば、馬ですか。

上橋 : 馬が好きで、大学では乗馬同好会に入ったんですけれど、1か月で辞めました。第一の理由は、背が低いから。馬に乗る時にビールケースを置いて乗っていたくらい。その後も、あちこち馬に乗りに行ったりはしているんですけど。ディック・フランシスは『直線』や『標的』が好き。『連闘』や『度胸』もいいですよね。読み返すといろいろと作家として気になることはあるんですけれど、それを通り越して、このガムの味が好き、という。男がごちゃごちゃ言いながらもつべこべ言わないんだな。その矜持が好きでね。

――となると、ミステリなどはどうでしょう。

上橋 : ともかく大好きで中学から今に至るまで、あびるように推理小説やサスペンス小説も読んでるんですが、なぜかコレ、という感じには挙げられないなぁ。すごく好きなんですけれど。宮部みゆきさんの『火車』くらい。スティーブン・キングの『ファイアスターター』や『デッドゾーン』も好きなんですけれど。でも『シャイニング』は読んでいないんですよ。前評判であれは怖い、って聞いていたので。私、怖いものはダメなので。

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