第95回:上橋菜穂子さん

作家の読書道 第95回:上橋菜穂子さん

大人から子供まで圧倒的な人気を誇る『獣の奏者』を完結させたばかりの上橋菜穂子さん。代表作に「守り人」シリーズや『獣の奏者』がある。ファンタジー作家というイメージがあるかもしれないが、ご自分では、「ファンタジー」を書いているという意識はないという。幼い頃から読んできたもの、感じてきたこと、文化人類学についてのお話を聞くと、それも必ず納得できます。インタビューは現在教授として勤めている川村学園女子大学の研究室で。非常に楽しいひとときとなりました。

その5「人よりも人々に興味がある」 (5/6)

貧困の文化―メキシコの“五つの家族” (ちくま学芸文庫)
『貧困の文化―メキシコの“五つの家族” (ちくま学芸文庫)』
オスカー ルイス
筑摩書房
1,728円(税込)
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越境―スールー海域世界から (現代人類学の射程)
『越境―スールー海域世界から (現代人類学の射程)』
床呂 郁哉
岩波書店
3,024円(税込)
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定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険2期4)
『定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険2期4)』
ベネディクト・アンダーソン
書籍工房早山
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忘れられた日本人 (岩波文庫)
『忘れられた日本人 (岩波文庫)』
宮本 常一
岩波書店
756円(税込)
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トリエステの坂道 (新潮文庫)
『トリエステの坂道 (新潮文庫)』
須賀 敦子
新潮社
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――フィールドワークを通して、感じたこともいろいろとあったのでは。

上橋 : フィールドワークで生の経験をしたいって気持ちが強くてアボリジニの研究を始めたのだけれど、やってみると歴史好きの気持ちがうずいてきて、ライフヒストリーという手法を学びはじめました。私はエスニシティ研究に興味があるんですよ。「ヤマジー」も様々な過程を経て生成してきた概念なんですが、彼らは「オレたちははるか昔からヤマジーだった」と言う。白人側が観察した資料しか残っていない場合が多いのですが、多くの人からライフヒストリーを聞き取りながら、考えていく作業をしてきたんです。

――アボリジニ以外にも、いろんな文化の本を読まれたのでは。

上橋 : 『アイルランドの漂泊民』は面白かったなぁ。『貧困の文化 メキシコの〈五つの家族〉』とかね。ライフヒストリーの研究方法を探る中で、社会史関連の本も漁りました。二宮宏之の『全体を見る眼と歴史家たち』なども面白かったですね。  集団化やナショナリズムに興味を持がある方ならベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』を読んだことがある方が多いでしょうね。あと大学院時代に出合って、とても面白かったのはピエール・クラストルの『国家に抗する社会――政治人類学研究』。 私は、本当に小さい頃から「人」よりも「人々」に興味があるんですよ。世界全体というか、生き物だけでなく、存在しているものすべて、虫や獣や石ころの中のひとつである人というものが気になるんです。

――上橋さんの作品では、国というもの同士、集団同士の衝突も描かれますね。

上橋 : 様々な立場で生きている人々に興味があるからかな。「守り人」の為政者にならざるを得ないチャグムような人と、バルサのようにそうではない人々、というのが私の心の中にいつもいますね。自在にボーダを越えていく人とそうでない人が多様に混在している世界が気になって仕方がない。床呂郁哉の『越境 スールー海域世界から』はとても面白いですよ。
 西欧的世界観だけでなく、イスラームへの興味もある方なら、『興亡の世界史10 オスマン帝国500年の平和』はお薦め。「視点」「表現することの権力」ということで外せない本は、エドワード・W・サイードの『オリエンタリズム』かな。 今挙げてきたのは、研究者だけでなく、多くの人が読んで、何かを考えるときに意味があるかな、という著作です。

――日本の文化を記したものでは、どういうものがお好きですか。

上橋 : 宮本常一さんの『忘れられた日本人』が大好きで。あの中の「私の祖父」は本当にに好き。宮本常一の文章は大好きです。『遠野物語』もあとからいろいろ問題点が指摘されていますけれど、文章に味があるし、好きですね。

――本を読む時、文章の魅力も大事なポイントですよね。

上橋 : 文章で好きなのは、藤沢周平、それから、須賀敦子さんの『トリエステの坂道』や、藤田順子さんの『子供の領分』。自分にとって心地いい文章というものがあって、これらはその中のひとつ。ああ、あと学者の中には大変アウトプットがうまい人たちがいて、文化人類学や社会学関係で挙げていくときりがないので、別分野で挙げると(笑)、たとえば福岡伸一さん。『生物と無生物のあいだ』や『世界は分けてもわからない』など、現象を視覚化する力があって、好きですね。

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