
作家の読書道 第186回:澤村伊智さん
日本ホラー小説大賞を受賞したデビュー作『ぼぎわんが、来る』(「ぼぎわん」を改題)が話題を集め、その後の作品も評判を呼んで日本ホラー小説界期待の新星として熱く注目されている澤村伊智さん。実は幼少の頃から筋金入りの読書家です。愛読してきたレーベル、作品、作家について、がっつりお話くださいました。読み応え満点!
その9「デビュー後の読書」 (9/9)
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- 『ぼぎわんが、来る (角川ebook)』
- 澤村伊智
- KADOKAWA / 角川書店
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――「ぼぎわん」、怖いものの正体がなかなか見えないっていうところがものすごく怖いし、巧いですよね。どういうふうに読ませると怖いというのは、ご自身で分かっていたのかなと思って。
澤村:多分、『怪談の学校』あたりを読んだからだと思いますよ。映画の影響も大きいかも知れませんね。こういうところでよく引き合いに出すのはキューブリックの「シャイニング」です。すごく分かり易いですよね。死ぬほど教科書的にやっている映画なので。そういうのを自分の小説に落とし込んでいくというか、参考にして書いたとはいえるかもしれません。
――「ぼぎわん」はさらりと今時のイクメンを皮肉っていますよね。新作『ししりばの家』もそうですが、怖がらせるだけでなく、家族といったテーマも感じられますが。
澤村:意識的にやってはいないです。でも、じゃあ自称イクメンに対してモヤモヤしていないのかといったら、目茶目茶モヤモヤするんですけど。ただ、もともと応募する予定もなかったんですが、たとえ友人に見せるだけの原稿でも、モヤモヤしたものを吐き出すために書くのはいけないなと思っていました。登場人物を裁いて「自称イクメンは馬鹿です」って言うために小説を書くのはやめようってのは、最初から思って書いてました。
――「ぼぎわん」は応募するつもりはなかったんですか。じゃあ、何で応募はされたんでしょうか。
澤村:書き終えた後、やっぱり達成感もあって、昔働いていた出版社で一番世話になってたまだ付き合いのあった先輩に「小説書いたので読んでください」って送り付けたんですよ。そしたら「忙しいからすぐには読めないかも知れない」って言っていたのに、1週間も経たないうちに返事が来たんですよね。「読んだら怖くて面白かったから、読んじゃった」って。しかも何か色々PDFに指摘とか直しとか入っていたりして、優しいって思ったんですよ。
で、実際会って食事して感想を聞いて「ありがとうございます」って、当然お礼も伝えたんですけれど、「ありがとうございましたで終わるのもな」と。ちょっともったいないというか申し訳ないというか。じゃあ応募するかって思って。それで公募を探したら、日本ホラー小説大賞をやってて、「あ、これ知ってる」って思って送りました。
――そこでもう本当に評価され、受賞されたわけですよ。
澤村:だから最初は何かの冗談だと思いましたね。想像もしていなかったです。腕試し的なつもりだったので、まさかと思いました。傾向と対策も当然やってなかったわけですし。
――そういう経緯でホラーの賞からデビューされたなら、今後ホラー小説でやっていこうといった意識もあまりなかったのでしょうか。
澤村:これが結構こんがらがっています。いわゆるホラーと呼ばれるものは書いていきたいと思ってますけど、あんまり「ホラーしか書きません」とか言ってると、みんな怖がってくれないだろうからなあって。色々やってみたいとは思ってます。けど、怖いのは好きだからやります。
――『ぼぎわんが、来る』に登場した、霊能力を持つ比嘉家の姉妹が他の作品にも登場しますね。
澤村:そうですね。でもシリーズにしたりするつもりでもないんです。短編ではこの先何個か書くとは思いますし、キャラクターとしては自分でも愛着が無いかとい言われたらあると思うんですけど、「これしかやりません」って思われるのも嫌ですから。デビューしてから新しいキャラクターを一から作ることをしていないので、ちゃんとやってみようと思っています。
――プロデビューしてから読書生活に何か変化がありましたか。
澤村:買う本は増えたけど、読む時間は減っています。読む本は、ツイッターのタイムラインに流れてくる、東さんをはじめとする、その筋の人が薦めてくるもの。大家の人たちが折に触れて言及する本は「あ、チェックチェック」って思って読みますね。
――やっぱりホラー系、怪談系が多いですか。
澤村:最初はそうだったんですけれど、最近は興味を持ったもの何でも片っ端から買おうと思ってて。だから全然分からない音楽のジャンルの本とかも買ったりしました。『チップチューンのすべて』という、ファミコンみたいな音のクラブミュージックに関する本とか。
――へえ。
澤村:あと、事務所の近くでたまに変なイベントをやっていて。同人出版なのか商業出版なのか分からない本とかを売ったりするようなイベントがあるんです。そこでチャチャっと買ったりはします。かっこつけた言葉で言うと、「出会いを大切にしています」ね(笑)。
一回、文フリ(文学フリーマーケット)に行った時に、すごい邪な気持ちで歌集を買ったんですよ。どうせいきったこと書いてるんだろうなとか、合間にふざけたエッセイ書いてるんだろうなとか思いながら買ったら、これが滅茶苦茶面白くて。
――そういうこともあるんですね。本当に素人の方。
澤村:そうですね。でも一応短歌の結社には入ってる人なのかな。それが2~3年前のことなんですけど、今年も文学フリマ行った時に短歌とかのブースに行って、全然知らない歌集とか買いました。関係者以外全然捌けないらしくて、買おうとすると「どこの結社に入ってるんですか」って聞かれるんですよね。だから「違います、僕、一見なんです。完全に興味本位で買ってるだけの人間なんです」と言っています。
――そのうちご自身でも短歌を始めたりとか。
澤村:絶対しないですね。アマチュアでこんなに滅茶苦茶面白い人がいっぱいいるんだったら、自分は絶対無理だと思います。
――小説ではどんなものを。
澤村:ホラー小説大賞の同期の人の本は気にしていますよ。『二階の王』で優秀賞を受賞された名梁和泉さんの本を読んでは悔しがり、読者賞を受賞した織守きょうやさんの『記憶屋』を読んでは悔しがっています(笑)。それこそ小説を書き始めたきっかけもそうかも知れないですけど、しょうもない対抗意識を燃やし勝ちなんです。選評で綾辻行人さんが名梁さんを褒めてるのを見ても腹立つってくらい。人間の欲は恐ろしいと思いますね。そうしたら対抗意識を燃やし過ぎたのか、ある日仕事してたら織守さんからメールが来たんです。ビビッて開いてみたら「本を読んで面白かったです」って、普通に僕の本の感想で。優しい人だなって思いましたよ。そんなメールをもらったのがショックだったのか、その日夢に見ましたけどね。裁判所で死刑判決を待ってる夢(笑)。対抗意識燃やすくせにビビりっていうのがよく分かるあれですね。
――あはは。他に読むのもホラー小説が多いですか。
澤村:そうですね。最近はその流れで『幽』文学賞も当然読むようになって、篠たまきさんの『やみ窓』を読んで、「わ、めっちゃ面白え」って思って腹を立てたというか。対抗意識は『幽』文学賞にも向けられる(笑)。
――最新刊の『ししりばの家』はどんな出発点だったんですか。
澤村:編集者から今度は「家モノ」をやりましょうって言われたんです。なぜかというと、その編集者が脱出ゲームをやったからっていう。なので後半には脱出ゲーム的なアプローチを入れています。幽霊屋敷モノのオーソドックスなスタイルとは別のアプローチで家モノをやるのもいいかなって思ったので。
――今取り掛かっているのはどんな作品なんですか。
澤村:講談社タイガから出る新本格30周年記念のアンソロジー『謎の館へようこそ』に100枚ぐらいの短篇を書きました。双葉社の『小説推理』の連載があと少しで終わるのでその後単行本になります。他は最近、短篇ばかり書いていたので、いくつかの雑誌に掲載されるかと。
あと、KADOKAWAでの書き下ろし長編4作目を準備中です。まだプロットも固まっていませんが、これまでのシリーズとは別の話です。日本のオカルトや霊能力者ブームを踏まえた内容になると思います。
(了)