第197回:小野寺史宜さん

作家の読書道 第197回:小野寺史宜さん

2006年に短篇「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞、2008年に『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞してデビューした小野寺史宜さん。「みつばの郵便屋さん」シリーズなどで人気を得、今年は孤独な青年と人々とのつながりを描く『ひと』が話題となった小野寺さん、実は小学生の頃から作家になることを意識していたのだとか。その背景には、どんな読書遍歴があったのでしょう?

その3「海外作家の短篇集が好きだった」 (3/6)

  • ワインズバーグ、オハイオ (新潮文庫)
  • 『ワインズバーグ、オハイオ (新潮文庫)』
    シャーウッド・アンダーソン,上岡 伸雄
    新潮社
    649円(税込)
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  • アリバイ・アイク: ラードナー傑作選 (新潮文庫)
  • 『アリバイ・アイク: ラードナー傑作選 (新潮文庫)』
    ラードナー,リング,Lardner,Ring,祥造, 加島
    新潮社
    781円(税込)
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  • ダブリンの市民
  • 『ダブリンの市民』
    ジェイムズ・ジョイス,高松 雄一
    集英社
    3,080円(税込)
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  • ハックルベリ・フィンの冒険
  • 『ハックルベリ・フィンの冒険』
    マーク・トウェイン,Mark Twain,加島 祥造
    架空社
    4,165円(税込)
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――すごいですね。

小野寺:話は戻って、高校生の頃は、やっぱり新潮文庫のいろいろな翻訳小説を読みました。スタインベック短篇集とか、「ハックルベリー・フィン」の影響もあるんでしょうけれど、マーク・トウェイン短篇集とか、そういう外国文学の短篇をいろいろ読むようになりました。その流れで、最近上岡伸雄さん訳で新訳が出たシャーウッド・アンダーソンの『ワインズバーグ、オハイオ』とかも、昔の訳で読みました。新訳も読みたいなと思っているんですけれど。これは結構好きだったんです。さきほどのホームズの街の話とかに繋がるんですけれど、これはワインズバーグという架空の街の話ですから。そこで連作の仲で登場人物がいろいろと重なって、ひとつの街を描いていくというのがすごくいいなと思っていました。長篇ですけれど、短篇の集合体。

――短篇集が多かったんですか。

小野寺:そうですね。これも今回気づいたんですけれど、やっぱり好きなのは短篇の人が多くて。僕も、最初に賞をいただいたのは短篇の賞であるオール讀物新人賞でしたし。
まず、ミニマムなものが好きというのがありますね。それと、とっつきやすいというのもある。短いスパンのものというか、短時間の出来事を写真のようにスパッと切り取るというのが面白いな、というのもある。長篇でも本当は、一晩の出来事とか、そういう短いものが好きなんですし、自分でもやりたいんですけれどね。ただ、この頃はそんなに短篇って意識していなくて、自然とそうなっていました。
高校の教科書に載っていた井伏鱒二さんの「山椒魚」を読んで、はじめて「教科書ってこんな面白いものを載せているんだ」と思い、これもまた新潮文庫の井伏さんの短篇集も読みましたし。高校の教科書で面白いと思った二つ目は梶井基次郎の「檸檬」でした。意味が分からないけれど面白いって思いましたね。「本屋の棚にレモンを置いてきた」というだけの話なのに、なんでしょうね、あの面白さは。
そうそう、これも椎名さん絡みなんですけれど、高校1年生の夏休みに、読書感想文の宿題がありますよね。それで椎名さんの「悶絶のエビフライライス」という、食堂で相席になった若い男とおっさんがもめて、割り箸とか刺して戦う、みたいな話があるんです。それで感想文を書いて提出したら、しばらくした後の授業で、「ふざけたことを書いてきた人もいましたが」みたいなことを言うので、「ああ、やばい、これは俺のことかな」と。結局、直接は注意はされなかったですけれどね。少しは何か言われるかなと思いましたが、そこまでの拒否反応が出るとは思いませんでした。

――大学は英文科に進まれたんですね。

小野寺:今でも全然英語は読めないし、書けないし、英検も持ってないんですけれど、ちょっと英語の成績がよかったし翻訳小説が好きだから英文科に行った、というようなものです。そこでデイモン・ラニアンとリング・ラードナーが好きになりました。
ラニアンはニューヨークのブロードウェイを舞台にした話を書く人で、それこそブロードウェイミュージカルの「野郎どもと女たち」っていう、"Guys and Dolls"というミュージカルの原作を書いた人です。原作といっても、大幅に書き換えられちゃっていますけれど。1930年代から40年代くらいのニューヨークのブロードウェイの街、日本でいうと銀座みたいな感じの街を舞台にした、小悪党とか競馬の予想屋とかコソ泥みたいな奴とか、どちらかと言ったら底辺にいる人たちを書いた、それこそ短篇専門のような作家。元新聞記者だったらしいです。昔、新潮文庫から『ブロードウェイの天使』という本が出ていて、それではじめて読みました。ラニアンはかなり好きなので、僕の『ひりつく夜の音』という小説にもちょっと名前を出していますね。
ラードナーは、これも最近新潮文庫さんの村上柴田翻訳堂で復刊した『アリバイ・アイク』っていう短篇集がありますね。ラードナーとラニアンは歳も1歳くらいしか違わなくて、ラードナーも新聞記者だったんですよね。で、やっぱり短篇の名手。ラードナーはいくつか長篇も書いていて、野球選手の一人称の語りの小説なんかも書いている。
なんでこの2人にハマったかというと、やっぱり一人称の口語体の語りがすごく面白かったからです。ラニアンは完全にほぼ全部一人称で、ラードナーは三人称のものもあるんですけれど。アメリカの一人称の短篇がとても性に合って、何回も読みました。
ラニアンの作品は、銀座の一丁目から八丁目くらいまでの狭いブロードウェイの街で起きる物語なんです。やっぱり場所の話が好きなんですよ。それならジョイスの『ダブリン市民』だって同じような感じですけれど、結局、それだけでなく、口語体の一人称がぴったりとはまった作品が好きなんです。
他にレイモンド・チャンドラーもちょっと読んでいたので、やっぱり自分は一人称が好きなんだなと思いますね。自分の小説もほぼ全部一人称ですから。三人称は基本、三人称で書くことに意味がある時以外は使わないようにしようと思っているので。

――ラニアンとラードナーは、どちらも翻訳者はどなただったのですか。

小野寺:加島祥造さんです。加島さんは『ハックルベリ・フィンの冒険』も訳されていたと思います。僕、先に言ってしまうと、大学の卒論もハックフィンで書いているんです。まあ、やっつけで書いた、しょうもない卒論でしたけれど。電車一本でも遅れていたら締め切り時間に間に合わなかった、というような適当な感じで、子どもの感想文みたいな内容でした。だから、その頃の大学の知人で僕が将来物書きになると思った人なんて、本当に一人もいないと思いますね(笑)。

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