第198回:久保寺健彦さん

作家の読書道 第198回:久保寺健彦さん

7年ぶりの長篇『青少年のための小説入門』が話題となっている久保寺健彦さん。この新作小説にはさまざまな実在の名作が登場、久保寺さんご自身の読書遍歴も投影されているのでは? 聞けばやはり、幼い頃から本の虫だったようで――。

その4「大学時代に読んだ名作の数々」 (4/6)

  • ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
  • 『ノルウェイの森 上 (講談社文庫)』
    村上 春樹
    講談社
    682円(税込)
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  • 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)新装版 (新潮文庫)
  • 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)新装版 (新潮文庫)』
    村上 春樹
    新潮社
    880円(税込)
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  • うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)
  • 『うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)』
    ヴィアン,野崎歓
    光文社
    1,005円(税込)
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  • 墓に唾をかけろ
  • 『墓に唾をかけろ』
    ボリス ヴィアン,伊東 守男
    早川書房
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  • 吾輩は猫である(上) (新装版) (講談社青い鳥文庫)
  • 『吾輩は猫である(上) (新装版) (講談社青い鳥文庫)』
    夏目 漱石,佐野 洋子
    講談社
    814円(税込)
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――では、大学生時代の読書生活は。

久保寺:大学生時代の読書は、かなり海外文学にウエイトが重くなっていました。6:4くらいで海外小説のほうが多かった。さっき言ったへミングウェイとかのような古典の部類のものではなく、アップトゥデイトなものとか。当時は80年代でしたが、ジョン・アーヴィングとかポール・オースターといった現代の作家を追いかけて買っていました。日本の文学だと筒井さんはずっと読んでいたし、あとは井上ひさしさんの『吉里吉里人』のようなエポックメイキングなものは読んでいました。でも村上春樹の『ノルウェイの森』がちょうど大学生の頃に出ましたが、社会現象にまでなっていたので斜に構えて読まず、もっと後になってから読みました。あれは人と人との分かりあうことの不可能性みたいな彼のテーマがむき出しになっているように感じて、偏愛に近いんですけれど、何か好きですね。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のほうが完成度は高いと思うんですけれど。

――『青少年のための小説入門』ではカート・ヴォネガットとかボリス・ヴィアンの作品も言及されていますよね。

久保寺:それらも20代の頃に読んでいると思います。ヴォネガットはSFというか超変化球でポップな小説を書くので、筒井さんに割と近いところにいるという印象でした。やはり筒井さんが勧めるものを読むことが多かったですね。ガルシア=マルケスやバルガス・リョサとかフリオ・コルタサルとかいった南米文学も読みました。
 ボリス・ヴィアンはたしか古本屋で買いました。著者の名前は聞いたことがあって、小説のタイトルが格好よかったので。『うたかたの日々』とか、あとなんでしたっけ。

――『墓に唾をかけろ』とか。

久保寺:そうそうそう、そういうのが若者にはビビッときますよね。「読まなきゃ」って感じで(笑)。
 そういえば、子どもの時に文学全集を読んで、なんかよく分からないけれど駄目だった夏目漱石を大学に入ってから読み直したり、読んでいなかった作品にも目を通したりしたら、すごく良かったんです。それで漱石はエッセイなどを除いて全部読みました。

――大人になってから感じ方が変わったのはどうしてだったんでしょうね。

久保寺:たとえば『坊っちゃん』って、痛快と言われているけれど、子どもの頃に読んで「痛快か?」って思ったんですよ。文体が軽妙だからそう思えるだけで、生徒にいびられたというのも被害妄想みたいなところがあるし、赤シャツをやっつけると言っても生卵をぶつけるだけですよね。「なんだそれ」って思ったんです。それと子どもの頃にすごく楽しみにして読んだのが『吾輩は猫である』ですけれど、あんなもの子どもには分かりっこないですよね。漱石が教養をセーブしないで全面展開しているんですから。でも大学生になって『門』や『それから』を読んだら、これは本当に面白いと分かって。今でも漱石は大好きですね。

――学生時代、幅広く読まれたんですね。

久保寺:ただ、5年生の終わりに残りの単位を取りながらも、大学院に行こうと思って試験勉強を始めて、全然本が読めなくなりました。英語、現代文、文学史、古文など、重箱の隅をつつくようなところまで憶えなくちゃいけなくて丸暗記するように勉強をしていたら、結構日本文学で読み残したものがあることに気づいたんです。宇野浩二とか近松秋江とか、葛西善蔵とか。教科書を読んでいると「すごく面白そう」という人がごろごろいるのが分かって。だから大学院に行ってからは、日本文学をずいぶん読みました。ビッグネームでも森鴎外は「渋江抽斎」のような歴史ものだかなんだか分からない実験的なものもあったりして、そういうものに意識が向いたという意味では良かったなと思います。

――『青少年のための小説入門』では、登さんが現代風にアレンジしてみせる田山花袋の「蒲団」を読んだのもその頃だったんでしょうね。

久保寺:たぶんそうですね。田山花袋は名前は知っているけれど興味のない作家だったんですが、文学史的に見た時に結構ドラスティックなことをやっている。私小説の走りというところがあったりしたので読まなきゃいけないと思って読んだら、すごく駄目な話なんだけれど面白いなあと。言文一致の走りの二葉亭四迷の『浮雲』もその頃に読みましたが、今読んでも新しい発見があったりして。

――大学院での勉強は面白かったですか。

久保寺:今はどうか知りませんが、当時は専攻する作家を一人決めなきゃいけなかったんです。それで僕は横光利一にしました。これも筒井さんが関係していて、その頃にNHKか何かで作家が気に入っている作品を朗読するという番組があって、そこで筒井さんが横光の「機械」を朗読したんです。「なんだこの作品」と思って買ってきて読んで「横光、すごいや」となって。「機械」って昭和5年くらいの短篇なんですけれど、今読んでも全然新しい感じじゃないですか。

――「機械」も『青少年のための小説入門』に出てきますよね。

久保寺:そうです。それで、すごい人だというのが頭にあったから、先輩からの電話でいきなり「君はどの作家を専攻するの」と訊かれて「じゃあ横光利一にします」とその場で決めてしまいました。
横光は新感覚派というグループで、川端康成もその一派なので読みましたね。「片腕」という短篇なんかは腕を取って預かってくれという話で、えらく美しい短篇だと思いました。『伊豆の踊子』だけじゃないんだなっていう。
ただ、これは勘違いだったんですけれど、早稲田大学の大学院の文学部は、今でいう創作学科みたいなイメージで、そこに行くのが作家への近道だと思っていたのですが、当然作家になるための場所じゃなくて、研究する場所なんですよね。研究発表のために読まなきゃいけないから、純粋に読書が楽しめず、本を読んで一番苦痛を感じた時期でした。横光には『旅愁』っていう未完の作品があって、失敗作だって言われているんですよ。でも担当教授には「君は横光を専攻したんだから、『旅愁』は7回読みなさい」と言われて、「あれはつまらないのに」と思ったりして。結局、「バイトが忙しくて勉強する時間がありません」と口実をつけて中退してしまいました。

――バイトを理由に!?

久保寺:担当教授も「こいつやる気ない」と分かっているから、「ああ、そうなんだ、頑張ってね」と、円満に送り出してもらったんですけれど。本当に、院に入ったはいいけれど、ポンコツでしたので。

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