
作家の読書道 第198回:久保寺健彦さん
7年ぶりの長篇『青少年のための小説入門』が話題となっている久保寺健彦さん。この新作小説にはさまざまな実在の名作が登場、久保寺さんご自身の読書遍歴も投影されているのでは? 聞けばやはり、幼い頃から本の虫だったようで――。
その6「創作に役立つ3冊、最近の読書と新作」 (6/6)
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- 『どんぐりの家(1) (ビッグコミックススペシャル)』
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――『青少年のための小説入門』にはダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』やモンゴメリの『赤毛のアン』も登場する一方、ロラン・バルトも言及されますね。
久保寺:『アルジャーノンに花束を』や『赤毛のアン』を読んだのは結構遅かったです。どちらも有名な作品だから先入観を持って読んだら「面白いやないか!」っていう(笑)。ロラン・バルトもやっぱりお勉強して読もうと思って読みました。これは30代だったかな。
――それに少女漫画も登場しますよね。萩尾望都とか。
久保寺:今までお話ししたのでだいたい分かると思うんですが、本当に人生が小説に偏っている人間で、大学に入るまで映画もほとんど見なかったし、漫画もほとんど読まなかったんです。でも身近な知りあいで「少女漫画を読まないと駄目だろ」と言う人もいたので、勉強のつもりで萩尾望都、大島弓子、山岸凉子を読んだら、もう、すごく面白いじゃないですか。で、完全に好きになっちゃって。音楽も、ちゃんと意識して聴きだしたのが30代からなんですね。そういう意味で、本当に偏っていました。
――じゃあ、ゲームとかもまったく?
久保寺:ファミコンは家になかったですね。街のゲームセンターには行っていました。20代の頃は「バーチャファイター」に異常にハマってました(笑)。
――さきほどロラン・バルトを勉強のために読まれたということで、小説の勉強のための本というのもかなりお読みになったのですか。
久保寺:読んでいますね。大学生くらいからなんですけれど、必ず2冊並行して読むようにしていて、1冊は小説、1冊は小説ではないもの。こっちに飽きたらあっちに行って、あっちに飽きたらこっちに戻ってというのが飽きっぽい自分にはバランスがいいんです。そのなかで、小説の理論書みたいなものも読むようにしていました。
――役に立ったものはありましたか。
久保寺:小説の書き方ではないんですけれど、山本おさむさんという、障害者の子どもたちが出てくる漫画『どんぐりの家』などを描いている方が、『マンガの創り方』という本を書いているんです。これが、すごく使えるんですね。実践的。ご自身の作品を解説したり、高橋留美子さんの短篇を分析したりしているんですけれど、非常に役に立ちました。『青少年のための小説入門』の中で、編集者が「名前の出し方に気をつけろ」と言うシーンがありますよね。あれは山本さんの本に書いてあることなんです。名前って目印だから、出したからには活かせ、と。うまく活かすと宇宙になるっていう。
それと、逆のベクトルで、保坂和志さんの『書きあぐねている人のための小説入門』。これはシステマティックな書き方とは全然逆なんですけれど、すごく面白い。
あとは、桝田省治さんという、「リンダキューブ」などのゲームを作った方の、『ゲームデザイン脳』。これはゲームの作り方なんですけれど、これもすごく使えます。本当にこの3冊を咀嚼できれば小説が書けるんじゃないかって思うくらい。
――プロになってからの読書生活は何か変化がありますか。
久保寺:変わっていないですね。デビューすると他の人の小説を虚心坦懐に読めなくなるとおっしゃる方がいて、そういうものかなと思っていたらそうじゃなかった。僕はすごく飽きっぽいので、10冊読みだして、読み切る本って6冊とかなんです。途中でやめちゃうんですよ。若い頃は「読み切ればなんかあるだろう」と思っていたけれど、そうやって読んでも何もないって分かったので。でも、すごく面白い小説を読むと、最初は自分の小説に参考にしようっていう下心があったとしても、もうどうでもよくなっちゃって巻き込まれるようにして読んでいます。
ところが逆に、ある小説を読んだらすごくクサいことを言う中学生が出てきて、「こんな奴いないと思うけれど、もしいたらどうだろう」と思ったことから話が生まれたりするので、意外と「なんだこれ」と思うものも読むと何かあるし、良いものもそうでないものも「何がよかったのかな」「なにを変えればよくなったのかな」と考えるから勉強になるので、デビューしてからのほうがもっと、小説って面白いなと思いながら読むようになりました。
――この作家の新刊が出たら買うと決めている人はいますか。
久保寺:筒井康隆さんだったり、ジョン・アーヴィングだったり、松浦理英子さんだったり。松浦さんは『親指Pの修業時代』がすごく好きで。世界文学級で、なおかつエンタメで、素晴らしいと思うんです。それと、ニコルソン・ベイカーも買いますね。今度『U&I』という新刊が出るらしいので楽しみにしています。
――ほかに、ここ数年内に読んで面白かった作品といいますと。
久保寺:筒井康隆さんの『モナドの領域』、いとうせいこうさんの『想像ラジオ』、山田正紀さんの『ここから先は何もない』、奥泉光さんの『東京自叙伝』、ウェルズ・タワーの『奪い尽くされ、焼き尽くされ』、ピエール・ルメートルの『天国でまた会おう』...。古い作品ですが新たに村上柴田翻訳堂のレーベルから出たカーソン・マッカラーズの『結婚式のメンバー』は明らかに傑作でした。12歳の女の子の話で、山田詠美さんの『晩年の子供』みたいなテイストなんですけれど、これは長篇で。すごくよかった。
――どうやって本を選んでいますか。書評とか、書店の店頭とか...。
久保寺:新聞の書評はチェックしてメモっておいて、気になるものを読んでいきますね。だからすごいリストになってしまって、なかなか消化できないんですけれど。
――今、一日のタイムテーブルは。
久保寺:5時に起きて、正午までなるべく頑張って書く。そのあと気分転換のために今年から英語の勉強をしています。受験のための参考書を買ってきて、文字の上に赤いマーカーで線を引いて、グリーンのシートで隠して...というのがありますよね。あれで勉強したり、ネットで英語のニュースでリスニングをしたりして。で、だいたい2時から運動をするようにしています。まあ、家でできる初歩的なことですけれど。それからお風呂入って晩御飯を食べて。その後映画を観たり本を読んだりするんですけれど、5時に起きているので9時くらいにはもう眠くなるので、バサッと本を落としたりしています。それで、10時すぎに就寝ですかね。かなり規則正しく健康的な感じではないかと思います。
――『青少年のための小説入門』は7年ぶりの新作ですが、その間はどうされていたのですか。
久保寺:いろいろ書いていたんですが、途中まで書いては「やっぱりこれでは駄目だ」とやめてしまうことが続いていたんです。今回のアイデアが浮かぶまでに4年かかりました。今回のアイデアが浮かんでからも、プロットを何度も作り直しました。
――成績はいいけれどいじめられっ子の中学生、一真が読み書きが苦手なディスレクシアという学習障害を持つヤンキー青年、登さんに小説の朗読を頼まれます。実は登さんは一念発起して作家を目指すことにしていて、朗読だけでなく、文章の執筆も一真にやらせようとする。そこから二人の試行錯誤が始まりますね。
久保寺:ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』を読んで朗読っていいなと思っていて、書きたかったんです。実在の本をたくさん盛り込むつもりでした。最初はそれだけだったんですが、実際に二人が小説を書くことにして、そこから彼らがどんな小説を生み出していくのかを考えるのもまた大変でした。
――彼らは「鼻くそ野郎」とか「機械じかけのおれたち」「パパは透明人間」といった、ちょっと工夫のある小説を生み出しますよね。それが本当に面白そうで。
久保寺:いずれ自分でも書きたいと思っています。今回の小説を書くことで自分も、どう創作するのかはもちろん、なぜ小説を書くのか、どういう作品が好きなのか、改めて分かった気がします。またもう一度スタート地点に立てた気がします。デビューの頃に思っていたように、自分が読みたい小説を書いていきたいですね。
(了)