
作家の読書道 第198回:久保寺健彦さん
7年ぶりの長篇『青少年のための小説入門』が話題となっている久保寺健彦さん。この新作小説にはさまざまな実在の名作が登場、久保寺さんご自身の読書遍歴も投影されているのでは? 聞けばやはり、幼い頃から本の虫だったようで――。
その5「先に作家デビューした先輩」 (5/6)
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- 『すべての若き野郎ども』
- 久保寺健彦
- 講談社
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――ところで、今回の小説で引用されている作品は実験的なものが多い印象ですが、それだけでなく幅広くお好きなんですよね。
久保寺:そうですね。引用した作品はどれも、パッと見て「あ、面白いね」と分かるものを選びました。でも、いろんな面白さがあると思うんですよ。たとえば僕はドストエフスキーが好きで毎年1冊読み返すことにしているんですけれど、『悪霊』が一番好きなんですね。あれはものすごく重たいテーマなのに、笑っちゃうところがあるんです。しかも頻繁に。要するに黒いユーモアってことだと思うんですけれど、過剰すぎておかしい。ただ、『青少年のための小説入門』の中で『悪霊』を引用しようとすると、どうしても長くなってしまう。それで結局割愛しました。
――さて、大学院を辞めてからは。
久保寺:大学4年の頃から塾講師のバイトをしていて、院を辞めた後もずっとそのバイトをしていました。そこに3つ上の先輩で作家志望の人がいたんですね。以前塾で働いていたけれど辞めて衆議院議員秘書になって、また塾に戻ってきて、その時期に僕もそこで働いていて一緒になったんですけれど。そういう経歴からも分かるように、非常に面白い人なんですよ。その人とよく小説の話をしていて。上司に「うるさい」と言われるほどで、飲みに行っても小説の話をずっとしていました。その頃、山本文緒さんの『眠れるラプンツェル』を読んだらすごくよくて、その人にキャーキャー薦めた憶えがありますね。あとから「興奮して何言ってるか分からなかった」と言われ、その人も後から「あれはいい」って言ってきて、2人でキャーキャー騒いでいました(笑)。どこが良くていかに工夫されているかみたいなことを話しましたね。これはその後も何度も読み返しています。
――そこまで話せる相手がいるのっていいですよね。
久保寺:はい。お互いに小説家志望ならちゃんと書こうという話になって、落語の三題噺のような課題を出し合ったりもしたんですが、それも書いたり書かなかったりしていました。そしたら、その人は僕が35歳の時、2004年にデビューしたんです。『サウスポー・キラー』という作品で『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を獲って。水原秀策さんというペンネームです。彼がデビューを決めたことで僕も焦ったんですね。それから短篇と中篇と長篇を強引に書き上げて3つ応募したんですけれど、1本もかすりもしなかった。また短篇を書いて送ったら1次は通ったけれどそこまででした。で、2005年の元旦からまた書きだして。その時は自分としては珍しいことなんですけれど、アイデアが降ってきたかのように湧いて。どこにも行けない少年の話で、それを書き上げました。自分では「面白い」と思うけれどレベルが分からないので、水原さんに読んでもらったんです。そうしたらほぼ絶賛だったんですね。僕は彼の鑑識眼を絶対的に信じているので、だったらいけるなと思い、翌年、まだデビューもしていないのに水原さんと一緒に塾を辞めちゃいました。まあいいだろうと思って。それが2006年でしたが、実際に僕、2007年にデビューしたんです。
――2007年に『すべての若き野郎ども』でTBS・講談社第一回ドラマ原作大賞選考委員特別賞、『みなさん、さようなら』で幻冬舎の第1回パピルス新人賞、『ブラック・ジャック・キッド』で新潮社の第19回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞されていますよね。
久保寺:どれも応募する前に水原さんに読んでもらったんです。今でも編集者に読んでもらう前に、彼に読んでもらって、「OK」と言われたら大丈夫だなって思っていて。彼の鑑識眼を信じているから塾を辞めるのもあまり怖くなかったし、3つ立て続けに賞を獲った時も「まあ、そうだろう」という感じでした。身近にそういう人がいたのは、すごくラッキーだったです、自分の場合。
――水原さんとは読書傾向は似ていたんですか。水原さんはミステリが好きなのじゃないかなと思うのですが。
久保寺:確かに、僕自身は嗜好としては世界文学系なんですけれど、彼はミステリや冒険小説をよく読んでいて、薦めてくれますね。書くものは違っても根本的にセンスが信用できる人だし、お話としてどこに穴があるかとか言ってくれる人なので。もちろん、僕が水原さんが書いたものを読んで意見を言うこともあります。
――水原さんにお薦めされて面白かった本はあるのですか。
久保寺:そうですね。ジム・トンプスンなどのノワール系の小説とか。最近では彼から世界文学を薦められることも多いですね。アイン・ランドの『水源』とか、リチャード・パワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』とか。
水原さんのような人が身近にいるのはラッキーですが、実は大学の歴史探訪会っていうサークルの先輩もデビューしているんですよ。斉藤直子さんといって、『仮想の騎士』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞していて、アンソロジーの『NOVA』とかにも書いています。それに去年、高校の同級生も『幕末ダウンタウン』で小説現代長編新人賞を受賞してデビューしました。吉森大祐といいます。Facebookに「デビューしました」とあったので、「おめでとう」と送っておいたんですけれど。
そういえば、今話に出た日本ファンタジーノベル大賞で好きな作品が結構あって。第一回の受賞作の酒見賢一さんの『後宮小説』は、あれでもう、あの賞の格が決まったところがありますよね。いきなりあれだから、レベルがガーンと上がったという。あとは、銀林みのるさんの『鉄塔 武蔵野線』。それとわりと最近ですが、小田雅久仁さんの『増大派に告ぐ』。同じ賞の受賞者同士で集まりがあって、小田さんに直接「いやあ、大好きなんです」と感想を言えたのが嬉しかったですね。
――ところで歴史探訪会というサークルが今ちょっと気になりましたが。
久保寺:月に一回、都内にある史跡に行き、夏休みなど長期休暇の時は遠くへ行ってそこの史跡をめぐっていました。自分に合っていたなと思うのは、行く前にちょっと調べて文章を書き、行った後でもレポートを書く。大学の頃は文章を書くのが好きになっていたから、苦じゃなかったというか、むしろ楽しくて。あれはあれで文章の練習になったかもしれません。
――そんなに歴史に興味があったとは。
久保寺:いや、興味なかったんです。大学にあんまり行っていなかったけれど、やっぱりゼミのない学生は何かサークルに入っていないとノートが回ってこないなどいろいろ不利だということを心配してくれる同級生がいて、誘われたので入ったんです。