第210回:町屋良平さん

作家の読書道 第210回:町屋良平さん

今年1月、ボクサーが主人公の『1R1分34秒』で芥川賞を受賞した町屋良平さん。少年時代から「自分は何か書くんじゃないか」と思っていたものの、実は、10代の頃はなかなか本の世界に入り込むことができなかったのだとか。そんな彼が、読書を楽しめるようになった経緯とは? スマホで執筆するなど独特の執筆スタイルにも意外な理由がありました。

その6「お風呂でスマホで執筆」 (6/7)

――デビューを果たしてから、変わったと思うことはありますか。

町屋:編集者さんが担当についてくれるので、小説に関してやりとりをしていくなかで、書くペースが上がりました。自分は小説を書いているほうがある意味自然というか、体調が良かったり、元気だったり、日常のペースを作りやすいので、書いていない時はすごく不安になります。

――基本スマホでお書きになっていますよね。それは投稿生活の頃からですか。

町屋:小説をガラケーやiPhoneで書いている人がいらっしゃるのは知っていたんです。ある日突然、自分は固定観念でパソコンで書いているだけで、スマホだけでもいけるんじゃないかってなんとなく思ったんです。『青が破れる』の1年前に投稿した作品から、スマホで書いていたおぼえがあります。『しき』と『愛が嫌い』の標題作はパソコンで書きましたが、それ以外の小説はスマホで書いています。スマホで書いた時は、それをWordにコピペして、これを読みながらスマホで直して、Wordに張り付けて編集者に送るという。

――お風呂で執筆するともおうかがいしましたが...。

町屋:お風呂で書き始めたのは、たしか、2作目からだと思います。発表した時は「水面」っていうタイトルで、本にする時に『ぼくはきっとやさしい』ってタイトルになったんですけれど。

――あ、今年単行本になったものですね。あれが初お風呂執筆ですか。

町屋:お風呂でたまたま中沢新一さんの本を読んでいたんですよ。その時に突然「あ、今小説が書けるかも」って状況になったんです。でもお風呂から出るのが面倒くさかったので、そのままお風呂にスマホを持ち込んで書いたのが始まりです。「あれ、意外といいぞ」と思って。

――ところで、スマホで書くと何が違いますか。

町屋:あんまりしゃちほこばらないのが一番いいですね。パソコンで書くと、すごく画面が大きいので、前に書いた分がチラチラッと目に入って「大丈夫だったかな」と気になってきちゃったりして。でも『しき』を書いている時はパソコンがいいなと思ったんですよね。あれは自分が使える三人称的な方法をしっかり作ろうと思って書いたので。パソコンは三人称的な認識で書いて、スマホは一人称っぽい認識で書いています。自分がそれまでに書いた小説を見直さないで書いている。
小説は体調がいい時に書くようにしているんですけれど、体調がいいかどうかをどう判断するかというと、自分がそれまでに書いてきた小説を一気に思い出せるかどうか。逆に言うと、普段は思い出せないんです。自分がそれまでに書いてきたものってぼんやりしているんですけれど、調子がいい時は思い出せる。思い出せるということは、同時に、次に何を書くかを思いついている時なんです。順番が前後することもあって、次に書くことが思いついたから前のパートを思い出すということもあって、その瞬間が大事です。思い出し系の作業は、スマホで書くほうが向いているなというのもあります。でも『しき』は、登場人物たちの明確な1年間というのがあって、この時にこういうことが起きてこういう流れになるというのがある程度わかっていたんですよね。それはパソコンで書くのが楽しかったです。

――ちなみに、パソコンで書く時もお風呂ですか。いろいろ心配ですが。

町屋:わりとそうです。でも平日だけです、今は(笑)。最近「壊れたかな」と思って買い替えたんですけれど、もうめちゃめちゃ動作が重くなって配線とかも見えちゃってたので、濡れ系のトラブルで壊れたのではないと思います。たぶん。

――新刊の『愛が嫌い』には3作収録されていますよね。

町屋:「愛が嫌い」はパソコンで、「しずけさ」と「生きるからだ」はスマホで書いてます。自分の中では「愛が嫌い」という小説は特殊な立ち位置だと思っています。他の小説は視点が比較的語り手に寄り添ったところがあり、それが恣意的でないようになるべく気をつけて書いています。具体的にいうと何人かの登場人物のなかで語り手に寄りそった分の「引かれた分」というか、「足りない文章」であるよう意識しています。その不足分を読者が勝手に補ってくれるだろうという期待を込めて。「愛が嫌い」は同じ「ひろ」という名前の音を持つ大人と子どもが出てくるので、その中間の語りのイメージがあって、割と「足りてる」という感じの文章になっていると思います。ふたりのあいだの視点で世界を見ているイメージです。もともとすごく「足りてる」文章に苦手意識があったんで、なんでこういう文章を書いているのかって考えて、書く前に考えていたことではなくて、後付けです。後半に主人公の名前が子どもとおんなじだっていうふうに書いた時に、自分でも「そういうことだったんだ」と思っちゃいました。

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