
作家の読書道 第216回:青山七恵さん
大学在学中に書いて応募した『窓の灯』で文藝賞を受賞してデビュー、その2年後には『ひとり日和』で芥川賞を受賞。その後「かけら」で川端康成賞を受賞し、短篇から長篇までさまざまな作品を発表している青山七恵さん。衝撃を受けた作品、好きな作家について丁寧に語ってくださいました。
その1「本に関する最初の衝撃」 (1/9)
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
青山:小さい頃、絵本の「ノンタン」シリーズがすごく好きでした。なかでも『ノンタンのたんじょうび』っていうのが大好きで。表紙の裏にクッキーの作り方が書いてあるんですよね。それがすごくおいしそうだと思ったのが、読書の最初の記憶です。
――自発的に本を読む子どもでしたか。
青山:読んでいたと思います。歳の近い妹がいるので、一緒に読んでいた記憶があります。
――ご出身は埼玉県の熊谷市ですよね。新作の『私の家』のモデルだと思いますが。
青山:モデルそのものではありませんが、『私の家』に出てくるような、北関東の片田舎の家でした。何を借りたのかはあまり覚えていないんですけれど、町の図書館によく連れていってもらいました。
――家で本を読んで過ごすことも多かったですか。
青山:そうですね。玄関入ってすぐに「物置」と呼ばれている、1.5畳くらいの部屋があって、小さな子供用の本棚が置かれていたので、そこでよく読んでいました。英語のちっちゃい絵本があって、当然字は読めないんですが鳥が結婚してケーキを焼くような話があって。とにかくその絵が好きでよく見ていたような記憶があります。やっぱりクッキーとかケーキが出てくるものが好きでしたね。だから小さい頃の読書というと、図書館のような広々としたところで読んでいた記憶ではなく、狭くてちょっと薄暗い場所で読んでいたという感じ。猫とかと同じで、狭くて暗いところが好きだったんでしょうね(笑)。
――小学校に上がると、また読書生活も変わりましたか。
青山:教室のうしろに学級文庫があったのですが、落ち葉でできた人間みたいなのが出てくる絵本がすごく気に入って、誰にも読まれないように学級文庫の奥に隠していた記憶があります。ちょっともの悲しいお話で、主人公の女の子と落ち葉人間が友達になるんですが、最後にはお別れのときが来るんです。
――そこから、だんだん文字の多い本も読むようになって......。
青山:小学2年生の教科書に載っていた『そして、トンキーもしんだ』というお話は特によく覚えています。戦時中の上野動物園の話で、飼育している動物を殺さなくてはいけなくなるんですが、象のトンキーは大きいので毒が効かず、餓死させることになってしまうんです。このお話を忘れられないのは、授業中、生徒の机の周りを歩きながら朗読していた先生が、途中で泣き出しちゃったからなんです。
びっくりしました。大人が泣いているところを見るのはたぶん初めてだったので、「あ、先生がお話読んで泣いてる」って思って。「大人でもこうやって本を読んで泣いちゃうことがあるんだ」とショックを受けつつ、「先生はこの話を何回も読んでいるはずなのに、なんで泣いちゃうんだろう」と不思議にも思いました。トンキーのお話そのものよりも、先生の涙と、そのときの驚きをよく覚えています。
――めちゃくちゃ冷静な子どもですね。
青山:大人になった今では、先生、もしかして象の話が悲しかったというだけじゃなくて、私生活でたまたま何かあったのかもしれないなと考えたりもしますが(笑)。それから今、大学で受け持っている授業のなかで小説を朗読する時間があるんですけれど、やっぱり何回も読んできた小説でも、声というかたちで自分の身体を通った物語とは、黙読している時とは違う回路で交感している感じがするんです。涙を流すほどじゃないけれど、胸がつまって読めなくなっちゃうことがよくあるんですよ。あの先生が涙したのも、そういうことだったのかもしれませんが、とにかく本当に、子ども心に衝撃でした。「お話って大人の先生を泣かせちゃうくらいのものなんだ」という、物語の力と怖さを目の当たりにした感じがしました。
――それにしても、冷静な子どもだったのですね。
青山:でも、あの日泣いている先生を見てそんなに驚いたということは、先生にも自分と同じように、悲しんだり怒ったりする心があるということを実感としてわかってなかったからだと思うんです。そういう意味ではすごく鈍いところもあったのかもしれません。