第216回:青山七恵さん

作家の読書道 第216回:青山七恵さん

大学在学中に書いて応募した『窓の灯』で文藝賞を受賞してデビュー、その2年後には『ひとり日和』で芥川賞を受賞。その後「かけら」で川端康成賞を受賞し、短篇から長篇までさまざまな作品を発表している青山七恵さん。衝撃を受けた作品、好きな作家について丁寧に語ってくださいました。

その5「本に関する第三の衝撃」 (5/9)

  • 風と共に去りぬ 第1巻 (新潮文庫)
  • 『風と共に去りぬ 第1巻 (新潮文庫)』
    マーガレット ミッチェル,Mitchell,Margaret,友季子, 鴻巣
    新潮社
    781円(税込)
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  • 悲しみよ こんにちは (新潮文庫)
  • 『悲しみよ こんにちは (新潮文庫)』
    フランソワーズ サガン,Sagan,Francoise,万里子, 河野
    新潮社
    539円(税込)
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  • ブラームスはお好き (新潮文庫)
  • 『ブラームスはお好き (新潮文庫)』
    フランソワーズ サガン,Francoise Sagan,朝吹 登水子
    新潮社
    539円(税込)
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  • 女の一生 (新潮文庫)
  • 『女の一生 (新潮文庫)』
    モーパッサン,嘉章, 新庄
    新潮社
    781円(税込)
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――では、高校生活では。

青山:中学校は家から徒歩で10分ほどのところにあったんですが、高校は自転車で40分、バスで30分くらいのところで、その距離に恐怖を感じたんですね。大袈裟ですが、もはや何があっても歩きでは家に帰れない、という恐怖。初めて家から徒歩圏外の生活が始まるわけです。それで高校生になる前の春休み、この恐怖に打ち勝たなきゃいけないと思って手に取ったのが『風と共に去りぬ』です。スカーレット・オハラのように力強く生きなければと励まされたけれど、同時にこんなドラマチックな生き方は私には無理だなとも感じました。でもとにかく、久々に海外の小説を読んで、やっぱり未知の国のお話はスケールが大きいし、食べものも着るものも自分の身の回りとぜんぜん違って面白いなあと思ったんですね。それで高校に入ってからは、図書室で面白そうな海外の小説を探していたのですが、そこでフランソワーズ・サガンの小説に出会い、また衝撃を受けました。

――『悲しみよこんにちは』でしょうか。今度はどういう衝撃だったんですか。

青山:この作品が自分とそれほど変わらない年齢の作家によって書かれたということ、さらに主人公のセシルもまた自分と同世代なのに、ここに書いてあることがまったくわからないというショックです。川端の『雪国』を読んだ時もわからないと思いましたが、サガンのわからなさはなんだかそそられるわからなさなんです。自分の精神的な幼さを突きつけられた気がして、それでどうにかこの作品のなかに入れてもらえないかと懇願するような想いで、何回も繰り返し読みました。
 加えて、もし本当にいつか小説家になりたいと思っているのなら、いつかなんて悠長なことは言わず、サガンのようにできるだけうちに書き出さなければ駄目なんじゃないかと、すごく焦りました。

――書いてあることが分からなかったというのは、主人公の心理とか?

青山:そうですね。とくにお父さんの婚約者になったアンヌに対する思いが複雑に感じました。それから、なんでこの子は未成年なのにお酒飲んだり煙草吸ったりしているんだろうと(笑)、父親との関係性も含めて、文化の違いに驚きました。

――分かろうとして何回も読み返したというのも印象的です。読み返すたびに感想を記したりしましたか?

青山:いえ、ただ読んで呆然としている感じです(笑)。『ある微笑』や『ブラームスはお好き』も、やっぱり大人っぽすぎて私には遠い世界だなと途方に暮れました。ただ、もはや私もセシルではなく父親やアンヌの年に近いので、いま読み返すと、「アンヌはこれが最後の恋のつもりだったんだろうなあ」とか「お父さんも寂しくて焦っていたんだろうなあ」とか、ここに描かれた大人たちについて、しみじみ感じられるところがあります。

――さきほども小説家になろうという思いは持ち続けていたようですが、大学は筑波大学で図書館情報学を専攻されていますよね。大学進学の時点で司書の資格をとろうと思われていたのですか。

青山:そうですね。小説家になりたいと思いつつ、それは難しいだろうという諦めもあったので、せめて何か本を関係のある仕事をしたいということで、図書館員を目指しました。図書館情報大学という専門的な勉強ができる大学があることを知ったので、そこを卒業してどこか静かな町の図書館司書になり、働きながらこっそり小説を書くという人生の計画を立てました。

――そして実家を離れて。どんな学生生活だったのでしょうか。

青山:1年目は大学の敷地内に寮があったので、そこに住みました。高校に入学するときは徒歩圏外の生活にあれだけ怯えていたのに、実家を離れて新たに自分の拠点を作ることにはほとんど恐怖を感じませんでした。肝心の図書館学のほうは、勉強を始めるとそれほど興味を持てなくなってしまったのですが、ひとつだけ文学の授業があって、それは楽しかったです。その課題でまた吉本ばななさんの作品や、大江健三郎さんの「個人的な体験」を読んだりしました。

――1年目は敷地内の寮で......。

青山:2年目以降は寮を出ましたが、近くに市立図書館があったので、よく本を読みにいきました。それで遅まきながらこの図書館で、文芸誌というものを発見したんです。小説だけを載せた雑誌があるのかとぺらぺらめくってみると、新人賞公募の告知文がある。実はその頃、大学の実習室のパソコンで小説のようなものをこっそり書き始めていたので、完成したらこういうものに応募してみようかなと心に留めました。

――その時に小説のジャンル的なものは意識しましたか。

青山:小説にジャンルというものがあることをわかっていたか、あやしいです。純文学の雑誌を手に取ったのも、単に表紙がきれいだったとか、そのくらいの理由だったと思います。ただ、ちょうどその頃、金原ひとみさんと綿矢りさんが芥川賞を受賞されて話題になっていたので、「すばる」や「文藝」が目についたということもあると思います。

――過去の受賞作を読んでみたりしましたか。

青山:いえ、何もしませんでした。そのとき書いているものを完成させるための、なんとなくの目標がほしかったんだと思います。

――書こうと思ってすぐ書けましたか?

青山:わりと書けました。なぜなら全部サガンの模倣だったから(笑)。もちろんサガンのようには書けないんですけど、学校のプリンターで印刷したものを読むと、自分の手書き文字じゃないというだけでなんとなく小説みたいに見えてしまうから、「うわ、書けてるかも?」とテンションが上がっちゃうんですね。女の子が行き場をなくして街を彷徨う話でしたが、今思えば、当然ひとさまに読んでいただけるようなものではありませんでした。

――文藝受賞作の『窓の灯』は、在学中に書いて、就職してから受賞の知らせを受け取ったんでしたよね。何回応募したのですか。

青山:文芸誌には3回応募して、3回目で受賞しました。

――小説の投稿をはじめた大学時代、読書生活はどんな感じだったのですか。

青山:やっぱり海外文学が好きでした。サガンのエッセイにアンドレ・ジッドという作家が出てきたので、図書館で探して『狭き門』とか『田園交響楽』を読みましたが、正直、あまりピンとこなかったんです。それで古典の文庫の棚ではなく単行本が並ぶ棚に行くと、パッと目を引くきれいな装幀の本がたくさんある。新潮社のクレスト・ブックスだったんですが、それでジュンパ・ラヒリとか、ゾエ・イェニーを知りました。ゾエ・イェニーはスイスの女性作家ですが、吉本ばななさんに影響を受けているという紹介に惹かれて『花粉の部屋』という作品を読んだら、すごく良かった。さきほど、最初に書いた小説はサガンの模倣と言いましたが、もっと正確にいうと、サガンとゾエ・イェニーを足して何にも割れてない感じの小説です(笑)。
 それから、ジャン=フィリップ・トゥーサンもお気に入りでした。最初に読んだのは『浴室』でした。白くてつるつるした感じの表紙に惹かれて手に取ったのですが、内容もすごくおしゃれでクールな感じがして、でもなんていうんだろう、ドライすぎずに人間臭い感じもして、この人の書くものはすごく好きだなと思い、図書館にある作品を全部読みました。

――集英社からいろいろ出ていましたよね。

青山:そうですね。一連のトゥーサン作品の翻訳者の野崎歓さんにも憧れました。翻訳って素晴らしいお仕事だなあと。作家になって野崎さんとお目にかかれた時もすごく嬉しかったです。
 トゥーサンの、すごく都会的でおしゃれな感じと、素朴ですっとぼけた感じが同居しているところ、文庫の棚のほうで頑張って読んでいたジッドやモーパッサンといった古典とは違う、軽やかな書き方がすごく好きでした。この絶妙な軽やかさは簡単には真似できませんが、自分が書こうと思っている小説が向かっていくのは、こういう感じのところなのかなという予感はありました。

――ああ、古典はジッドのほかにモーパッサンにいったんですね。

青山:大学でフランス語だけは一生懸命勉強していたので、『女の一生』は途中まで頑張って原著で読みました。当時、筑波西武の佃煮屋でアルバイトをしていたんですが、休憩時間は誰とも喋りたくなくて、社員食堂でひたすら『女の一生』を読んでいました(笑)

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