
作家の読書道 第218回:藤野可織さん
不穏な世界を時に美しい言葉で、時に奇想を炸裂させた設定で描き出す藤野可織さん。2013年には『爪と目』で芥川賞を受賞、最近では女性2人が破滅に向かう世界で活き活きと冒険する『ピエタとトランジ<完全版>』が評判に。この世界観を生み出す背景に、どんな読書遍歴があったのでしょう? 小説だけでなく、影響を受けた漫画や好きな映画や俳優についてもたっぷり教えてくださいました。
その3「小説、ノンフィクション、ホラー漫画」 (3/6)
――さて、中学生になってからはいかがでしょう。
藤野:オーソドックスに太宰治、谷崎潤一郎、三島由紀夫などを読んでいたんですけれど、深く読み込んだということでもなかったと思います。遠藤周作も読んでました。また、父が星新一さんの大ファンだったので家に真鍋博さんの絵が表紙の新潮文庫がたくさんあって、それを読みました。その頃からボロボロでしたけれど、今もボロボロのまま私が持っています。それから、世界の猟奇的殺人犯を一人ずつ紹介しているデアゴスティーニの「マーダー・ケースブック」を、お小遣いでめちゃめちゃ買ってました。こちらはボロボロになったから捨ててしまったんですが、今となってはすごく惜しいことをしたなと思っています。
――この頃はあまり海外小説は読まなかったのですか。
藤野:『嵐が丘』とか『ジェイン・エア』、『風と共に去りぬ』などは読みました。『ジェイン・エア』を読んで、この人めっちゃ喋るなって思いましたね(笑)。ページをめくってもまだ喋っている。自分もお喋りな子どもでしたが、それにしてもこんなに喋るんだと畏怖の気持ちを抱いたことを覚えています。
――藤野さんの新作『ピエタとトランジ<完全版>』は探偵と助手の女性2人のバディ小説ですよね。シャーロック・ホームズのシリーズが頭にあったとおっしゃっていましたが、それはいつ頃読んだのでしょう。
藤野:そういえば『シャーロック・ホームズの冒険』を読んだのもちょうど中学時代でしたね。アガサ・クリスティーも少しだけ読みました。でももともとシャーロック・ホームズはグラナダ放送のドラマをたぶん小学生のころから見ていましたし、ミス・マープルやポアロも圧倒的にドラマの方で親しんでいました。
――学校生活はいかがでしたか。部活に入ったりとかは?
藤野:中学校でも教室内のカーストみたいなものはやっぱりあって、私は最底辺にいたし嫌な思いもしたけれど、それなりに気楽に過ごせたと思います。部活は、運動神経がめっちゃ悪いのに剣道部に入ったんです。時代劇が好きだったから(笑)。できたばっかりでちゃんとしていなさそうだからなんとかなると思ったのが間違いでした。高校では入りませんでした。
――高校時代はいかがでしたか。
藤野:村上春樹さん、吉本ばななさん、山田詠美さんを読むようになりました。単行本は図書室から借りましたし、文庫を自分で買うこともありました。村上龍さんの初期の作品を読んだのもこの頃だったと思います。村上春樹さんはちょうど『ねじまき鳥クロニクル』が出た頃だったかな。私が読んでいたら母も読むようになって「面白いね」と言っていたんですが、ある日、「あのな、小説の中では16歳とか17歳で学校の裏で性体験とかするけれど、これは小説の中だけの話やからな。あんたとは何の関係もないねんで」と恐ろしい顔を戒められて、「なるほど」と思いました(笑)。
――国内小説が多かったのですね。
藤野:そういえば中高生の頃にサガンを読んでいました。ベルナール・ビュッフェの表紙の文庫でした。今となってはなぜ読んでいたのか憶えていないんですが、『ブラームスはお好き』だったかな、恋人のいる女性が、すごく若い男から好かれてすごく押されて交際を始めるけれど、最終的には自分からふる形で別れるんですよね。去っていく彼を見ながら、自分ではなくふられて絶望している彼のほうが、これから素晴らしい人生が開かれていくのだろうという気持ちになっているところがなんだかすごくよかった気がします。
――小説以外もいろいろ読みましたか。
藤野:小学館の『世界美術大全集』を読むのが趣味でした。学校の図書室にあって、大判の本で貸し出し禁止だったので図書室で広げていました。東洋編も西洋編も好きでしたが、西洋編のほうが文章もよく読んでいたと思います。深い考えがあったわけではなく、ただ美術が好きで、中学生の頃から美術館にもよく行っていたので...。
高校時代の一時期は新書ばかり読んでいました。中公新書と岩波新書が多かったですね。美術系と心理学系と、法律系というか犯罪系のものをよく手に取っていたと思います。
それから、雑誌で伊藤潤二さんの漫画を初めて読んだのもこのころだったと思います。楳図かずおはもっとあとでした。
――おふたりともホラー漫画家ですよね。そういえば、前に伊藤さんの展覧会か何かに行ったとおっしゃっていましたっけ。
藤野:あ、サイン会に行ったんです!! 伊藤潤二さんの漫画はたぶん全部持っていると思います。楳図かずおは文庫サイズのものをちまちま買っていたら、そのうち祖父江慎さんの装丁で次々復刊されて、必死でそれも買い集めました。