第218回:藤野可織さん

作家の読書道 第218回:藤野可織さん

 不穏な世界を時に美しい言葉で、時に奇想を炸裂させた設定で描き出す藤野可織さん。2013年には『爪と目』で芥川賞を受賞、最近では女性2人が破滅に向かう世界で活き活きと冒険する『ピエタとトランジ<完全版>』が評判に。この世界観を生み出す背景に、どんな読書遍歴があったのでしょう? 小説だけでなく、影響を受けた漫画や好きな映画や俳優についてもたっぷり教えてくださいました。

その5「大学・大学院時代の読書と論文」 (5/6)

  • カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)
  • 『カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー,卓也, 原
    新潮社
    1,045円(税込)
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  • 罪と罰〈上〉 (新潮文庫)
  • 『罪と罰〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー,精一郎, 工藤
    新潮社
    825円(税込)
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  • 悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
  • 『悪童日記 (ハヤカワepi文庫)』
    アゴタ クリストフ,Kristof,Agota,茂樹, 堀
    早川書房
    726円(税込)
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  • ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)
  • 『ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)』
    アゴタ クリストフ,Kristof,Agota,茂樹, 堀
    早川書房
    748円(税込)
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  • 第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)
  • 『第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)』
    アゴタ・クリストフ,茂樹, 堀
    早川書房
    726円(税込)
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――大学に入って読書に変化はありましたか。

藤野:相変わらず村上春樹さんの作品などを読み続けていましたが、少しずつ海外小説を読むようになったと思います。『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』にも挑戦してみました。ただ、これはホラー映画にも言えることなんですが、キリスト教の信仰がないので登場人物たちに寄り添いきれないところがありました。
 アゴタ・クリストフの『悪童日記』を読んだのも大学生の時で、これは本当に大好きです。折にふれて今でも読み返しています。

――『悪童日記』は戦時下の村で、双子がいろんな方法で互いを鍛え合って強くなろうとしますよね。藤野さんが好きそうな気がしました、今。

藤野:そうなんですよ。続篇の『ふたりの証拠』『第三の嘘』と合わせて三部作ですが、第一作も充分悲惨な状況なのに、第二作ではもっと悲惨になって、第三作はもっと悲しくて、第一作がユートピアに思えてくるくらい。でもどれも好きでした。
 そういえばルナールの『にんじん』も大学生の時に読んだと思いますが、なぜかすごく好きでした。『ラマン』を読んだのも大学生の時かな。ジャン=フィリップ・トゥーサンは表紙がおしゃれで格好よくて手に取ったと思います。『浴室』だったか、最初と最後が同じだったりして、そういう形式の美しさが好きでした。カポーティを読んだのも大学生から大学院生の頃ですね。『冷血』とかが好きで。それから野坂昭如訳の『カメレオンのための音楽』は本当に好きでぼろぼろになるまで読みました。最近、どうしても見つからなくて買い直したらその途端にボロボロなのが見つかったのでこれもうちに2冊あります。
 それと、4回生の時に、友達が読んでいて面白そうだったので内田百閒を読んでみたらめっちゃ面白いやんとなって大好きになりました。ちくま文庫から「内田百閒集成」が出始めていたので、学生にはきつい出費でしたが揃えていきました。短篇は夢みたいな話が多くて、「これ私が見た悪夢かな」と思えて面白かったです。短い話では「豹」が好きですが、いちばん好きなのは少し長めの「柳検校の小閑」です。目の見えないお琴の先生が教え子に恋をしているんですが、すごく切なくて悲しい話なんです。今でも思い出したら胸がえぐられるような気持ちになります。

――専攻は美術系でしたよね。専攻に関わる本で印象に残っているものなどはありますか。

藤野:文学部の美学および芸術学を専攻しました。実践ではなく、研究して美術評論を書く分野ですが、そんなに研究できている大学生ではなかったです。私の研究には直接関係なかったんですけれど関連書籍で憶えているのは、川村邦光さんの『オトメの行方 近代女性の表象と闘い』『オトメの祈り 近代女性のイメージの誕生』『オトメの身体 女の近代とセクシュアリティ』ですね。これは面白かったので、うちにまだとってあります。それから、作家になってからなんですが、加賀野井秀一『猟奇博物館へようこそ』も大好きな一冊です。小池寿子さんの本もちょこちょこ読んだりしています。最近では、笠原美智子『ジェンダー写真論 1991-2017』がとても面白かったです。

――藤野さんは大学院にも進んでいますよね。前に「論文を書く時に美術作品を文章で描写しなくてはいけなくて、それが訓練になった」というようなことをおっしゃっていましたよね。

藤野:学芸員になろうと思って大学院に行きましたが、その時についた先生がすごく文章に厳しい人だったんです。論文を書くためには、論じるに値する問いを立てなければ体裁が整わないわけですが、問いを立てるためには、研究対象である視覚芸術において、何がどのように描かれているのか(あるいは撮影されているのか、造形されているのか)を、過不足なく文章で描写しなければいけない。逆にいうと描写することができればおのずと立てるべき問題が明らかになる、ということを言う先生でした。実際に私もやってみてその通りだなと思いました。だからあの2年間は美術の勉強をしたというより、文章の書き方を勉強した2年間だったなと思っています。小説と論文は全然違うものだとは分かっていますが、今でも私が身に着けたと思っている論文の書き方で小説を書いているなと思うことがあります。

――学芸員になりたかったということですが、小説家になる気持ちはもうなくなっていたのでしょうか。

藤野:気持ちはあったけれど、それは自然発生的に勝手になるものだという、わけのわからないことを思っていて。いよいよ修士を終えて自分の職業を決めきゃいけないという24歳くらいになってはじめて「あ、私物語を書く人になってなかった」と気がついたんです。大学ではカメラクラブに入って、ちゃんと習ってはないけれど勝手に写真を撮っていたので、就職は編集プロダクションのスタジオカメラマンの仕事に決まっていたんです。でも自分でも、その仕事は続かないだろうなという気がしていました。そのまま正月が明けて、修士論文を出さないといけないとなった時に、「学芸員にはなれへんかったしこのまま大学院残って研究者目指すには脳みそが粗末な感じやし何もなれへんかったな」と思っていた時に、「そういえば物語書く人になってへんけど、それかてなろうとせんかったらなれるわけないやん」って、やっと気づきました。(笑)。それで修士論文を書きながら文芸誌を買ってきて、小説を書いて新人賞に応募したんです。

――はじめて小説を書いてみて、すんなりとできましたか。

藤野:論文を書くのが嫌すぎて逃走として小説を書き始めたので、楽しく書けた気がします。最初に文藝賞に応募したら二次予選まで行ったので「これ、いけるわ」と思って(笑)、その後もう一回文藝賞に出したらあかんくて。そうしたら文學界新人賞が年に2回募集していると知って、年1回より年2回定期的に出したほうがそのうち当たるんちゃう? と思って文學界に応募して、2回目で受賞しました。(編集部注:2015年度以降は年1回の募集)

――その頃に読んでいた本といいますと。

藤野:修士論文を書いていた頃にはガルシア=マルケスあたりを読みはじめたころじゃなかったかなと思います。ラテンアメリカ文学にはじめて触れて、私とは違った文法でものを見ていて、そのやり方がすごく面白いなと思いました。
 それと、『私は幽霊を見ない』にも書きましたが、私、怪談実話をかなり読んでます。新人賞を獲るかとらないかくらいの頃に急に『新耳袋』を全巻買って読んで、夢中になりました。今でも好きです。1話1話が短いので、隙間時間にiPhoneで片手でさっと読んだりしています。たまにものすごく面白いものがあるので、そういうのを探し求めています(笑)。

  • にんじん (岩波文庫)
  • 『にんじん (岩波文庫)』
    ルナアル,Renard,Jules,国士, 岸田
    岩波書店
    792円(税込)
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  • 冷血 (新潮文庫)
  • 『冷血 (新潮文庫)』
    トルーマン カポーティ,Capote,Truman,雅子, 佐々田
    新潮社
    1,100円(税込)
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  • カメレオンのための音楽 (ハヤカワepi文庫)
  • 『カメレオンのための音楽 (ハヤカワepi文庫)』
    トルーマン カポーティ,Capote,Truman,昭如, 野坂
    早川書房
    1,034円(税込)
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  • オトメの行方―近代女性の表象と闘い
  • 『オトメの行方―近代女性の表象と闘い』
    川村 邦光
    紀伊国屋書店
    2,420円(税込)
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  • オトメの身体―女の近代とセクシュアリティ
  • 『オトメの身体―女の近代とセクシュアリティ』
    川村 邦光
    紀伊國屋書店
    2,008円(税込)
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  • 猟奇博物館へようこそ ─ 西洋近代知の暗部をめぐる旅
  • 『猟奇博物館へようこそ ─ 西洋近代知の暗部をめぐる旅』
    加賀野井 秀一
    白水社
    2,640円(税込)
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  • 新耳袋 第一夜 現代百物語 (角川文庫)
  • 『新耳袋 第一夜 現代百物語 (角川文庫)』
    浩勝, 木原,市朗, 中山
    角川書店
    649円(税込)
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