
作家の読書道 第218回:藤野可織さん
不穏な世界を時に美しい言葉で、時に奇想を炸裂させた設定で描き出す藤野可織さん。2013年には『爪と目』で芥川賞を受賞、最近では女性2人が破滅に向かう世界で活き活きと冒険する『ピエタとトランジ<完全版>』が評判に。この世界観を生み出す背景に、どんな読書遍歴があったのでしょう? 小説だけでなく、影響を受けた漫画や好きな映画や俳優についてもたっぷり教えてくださいました。
その6「各国の小説、そして自身の新作」 (6/6)
――作家デビューしてから読書の傾向は何か変わりましたか。
藤野:読書量は多くないけれど、できるだけ海外文学を読もうと思って。当時から短篇集が好きでした。
岸本佐知子さんが翻訳されたものは外れがないですよね。アンソロジーの『居心地の悪い部屋』や『コドモノセカイ』もすごく好きだし、最近翻訳されたルシア・ベルリンの短篇集『掃除婦のための手引き書』もすごく面白かったです。それと、ジュディ・バドニッツの『空中スキップ』がめちゃめちゃ好きなんですよ。バドニッツの『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』も好きです。
――好きな作品の傾向ってありますか。
藤野:やっぱり私はなぜか怖いことがいいことだと思っていて、多少怖いほうが私の中の評価が高くなります。だからシャーリー・ジャクスンやミュリエル・スパークもすごく好きで。アンナ・カヴァンも最近新たにいろいろ出ているので全部買いました。読むスピードが遅いので刊行スピードに追いつかないんですけれど。
それから、デニス・ジョンソンの『ジーザス・サン』が本当に本当に好きで、だから『海の乙女の惜しみなさ』が出て小躍りするくらいうれしかったんですが、でも実はまだ読めてないんです...なんだか、読んだら読み終わっちゃうやんと思って...当たり前のことを言っていますが...。
ラテンアメリカ文学はガルシア=マルケス以外はコルタサルも好きでした。去年フアン・ルルフォをはじめて読んだんですが、『燃える平原』がものすごく面白くてびっくりしました。『ペドロ・パラモ』も面白かったです。
――コルタサルはアルゼンチン、ルルフォはメキシコの作家ですね。
藤野:そうです。でも、そうした作家とは別に、オールタイムベストの小説がありまして。カーソン・マッカラーズの『悲しき酒場の唄』です。あらゆる本の中でいちばん。主人公のミス・アメリアという女性は、頑丈で背が高くて店の経営もできるしちょっとした工事なら自分でしちゃうし、誰の助けも要らないという、私からみて完璧な人なんです。実際この人自身も愛想が悪かったりして、他人を必要としていない。その完璧な人が人を愛してしまうことによって完璧でなくなってしまうという、とっても悲しい話なんです。
ミス・アメリアはハンサムな男に言い寄られて一回結婚するんですが、ゴミみたいな扱いをして追い出すんですね。その後に出会った、風采の上がらない、性格もぜんぜんよくない男をなぜか愛してしまうんです。男性と女性の間やったらふつうはこういう愛情やろう、と周囲が漠然と期待するような愛情とはどこかちがうんですが。一方元夫のハンサムな男はしばらく刑務所に入っていたんですが、ミス・アメリアへの憎悪をたぎらせて街に戻ってくるんです。でもなぜかそこで三角関係が生まれてしまって......。カーソン・マッカラーズは『結婚式のメンバー』もすごく好きなんですよね。
――ああ、『結婚式のメンバー』は村上春樹さんの新訳が刊行されていましたよね。
藤野:この『悲しき酒場の唄』もぜひ新訳で出してほしい......いえ、西田実さんの訳が適度にかたくて読みやすいので、このままで復刊してほしいです。
――普段、本はどのようにして選んでいますか。
藤野:書店に行って見て選んだり、あとはツイッターで流れてくる本もよく買います。いろんな出版社がツイッターで本の宣伝をしているので便利です。やっぱり海外文学を買うことが多いですね。
――ここ最近で、面白かった本は。
藤野:エトセトラブックスから出たカルメン・マリア・マチャドの『彼女の体とその他の断片』がすごく面白かったですね。
現代黒人作家のナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーの短篇集『フライデー・ブラック』や、マヤ語先住民族女性作家のソル・ケー・モオの『女であるだけで』も良かったです。この『女であるだけで』は国書刊行会が打ち出した「新しいマヤの文学」という新シリーズの第一弾らしくて、私、そのシリーズにはとても期待しております。それと、アルゼンチンの作家のサマンタ・シュウェブリンの『七つのからっぽな家』。この人の『口のなかの小鳥たち』がすごく好きだったのに新作が出たことに気づいていなくて、去年、江南亜美子さんと山崎まどかさんと大阪でトークイベントをした時、前の夜にそれぞれが挙げたお薦め本のリストをもらったので見ていたら山崎さんが「『七つのからっぽな家』は『口のなかの小鳥』の作者で...」というようなことを書かれてらして、「まじか!」と思って慌てて読みました。
ここ数年、韓国文学やフェミニズムの本がたくさん出ていて、読みたいものがたくさんあります。でもまったく追いついていなくて...。最近、チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』を読みました。すごく面白かったです。キム・グミの『あまりにも真昼の恋愛』や、ペク・スリンの『惨憺たる光』も好きです。
――1日のなかで、執筆時間や読書時間は決まっていますか。
藤野:全然決められずにいます。4月から子供を保育園に行かせる予定だったのですが、新型コロナウイルスのことがあって登園させられないこともあって。ここ1、2年はもともと遅かった読書のスピードがさらに落ちてしまいました。
――新作『ピエタとトランジ<完全版>』は、事件を誘発してしまう体質でありつつ天才的な推理能力でそれを解決していくトランジと、彼女の助手となったピエタという女性2人のなんともはちゃめちゃな物語。章を追うごとに彼女たちが年を重ねていくなかで、世界も次第に終末の様相をおびてきて、なんともダイナミックな展開に。今、大評判になって、いろんなところで取り上げられていますね。
藤野:いろんなところでいろんな方が紹介してくださっていて、本当にびっくりしています。ピエタとトランジのことを好きになってもらいたかったのでとてもうれしいです。すごく幸運な小説だなと思っています。
――今、新型コロナウイルスのことで世の中が大きく変わりつつありますが、今後の藤野さんの創作にも何か影響はありますか。
藤野:この経験を踏まえないで書ける小説と、経験した上でのことを書くべき小説と、ふたつのタイプがありますよね。また、取り入れるにしてもどのレベルでそれを取り入れるかという問題もあります。小説を書くということは、作業としては、ある程度完了している情報のまとまりを提示する、ということだと思うのですが、ふだんから私はずっとその難しさに四苦八苦してきました。それは、本当はぜんぜん完了なんかしていない物事を、選別して止めを刺すことでもあるので。このごろは、いつもよりさらにそれに四苦八苦しているのはたしかです。たぶん解決はしないと思います。このまま四苦八苦します。
――では、今後の刊行予定などは。
藤野:7月に本が出ます。これまでいろいろなところで書いた短篇19本と書下ろし1本の、合計20編が入った『来世の記憶』という短編集が、KADOKAWAから出る予定になっています。
(了)
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