第219回:今村翔吾さん

作家の読書道 第219回:今村翔吾さん

2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』を刊行してデビュー、翌年『童神』(刊行時に『童の神』と改題)が角川春樹小説賞を受賞し、それが山田風太郎賞や直木賞の候補になり、そして2020年は『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞を受賞と、快進撃を続ける今村翔吾さん。新たな時代小説の書き手として注目される今村さんは、いつ時代小説に魅せられ、何を読んできたのか? 軽快な語り口調でたっぷり語ってくださいました。

その4「とことん読み込むタイプ」 (4/6)

――それにしても、歴史小説が好きなあまり発掘調査の報告書まで読むとは。

今村:なんかもう、変な歴史小説のはまり方もしていましたね。先生ごと、年代ごとに並べて「誰がどの時期に調子悪いか」勝手に当てるゲームもしていたし。この小説は単行本にする時に「オール讀物」に連載していたこの部分を全部削ったりしているとか、修正具合がいいとかいって「この時期はしんどかったんやろうな」とか(笑)。

――マニアック!

今村:どの先生もある時期に、方向転換なのか分からへんけど、若干作風が変わるというか。僕にとってはちょっと外れの時期が来るんですよ。で、それを乗り越えていったのが大先生たちなんですよね。僕の勝手な予想ですけれど、そうとしか思えないぐらい、みなさんそういう時期があるんです。そういうのを見ながら読むのがすごく好きやった。
 だから僕も大作家先生になるためには絶対そういう時期が来て、そこを乗り越えていかんなあかんやろなっていうのを先人たちから学んでいます。そういう時期が来て人になにか言われても、あんまりへこまんようにしようと思ってる。そこを乗り越えたらえんやろなあって。

――外れの時期って、筆がのっていない感じなんですか。

今村:いや、全然うまいんですよ。当たり前やけどちゃんと作品になっている。ただ、俺が好きやったこの先生じゃないって思う時が一瞬あるんですよ。人によったら2作、3作続くこともある。それを乗り越えた時、またすげえパワーアップして戻ってきている。だから「失敗することは裏切りじゃない」って読書体験から学んでる。作家だって完璧じゃないから、100%ヒットを作ることはできないかもしれない。でも向き合っていけば抜けられるし、待ってくれる読者もいると思うから、やったらあかんことはやらんで、ちゃんと向き合っていくというスタイルだけは変えたらあかんなって思いますね。

――そこまで読み込んでいるということは、読書記録をつけたりしていますか。

今村:つけてない。「読書記録」という言葉自体を知ったのは作家になってからかも。けど、一言一句はさすがに無理でも、好きになった文章とかやったら憶えてますからね。記録をつけていないからこそ、それで残るものって本当の名作と思えるし。
 僕の持ってる『燃えよ剣』はもうヤバいですよ。新品で買ったのに、読みすぎて本が崩壊寸前になってます。池波先生が好きと言いながら、僕は歴史小説においては、司馬先生の『燃えよ剣』を教科書やと思ってるんですよ。『燃えよ剣』のスタイルで書くのが面白いと思ってるんですよ。

――そのスタイルとは。

今村:『童の神』も『じんかん』もそうですけれど、まず、前半で個を徹底的に描くんですよ。前半で読者に個を好きになってもらうんです。で、主人公に対して応援してもらうスタイルをとって、後半は集団の中にその個を放り込む。集団をとらえようと思うと、カメラワーク的にはドローンを飛ばしたような、空から見たような絵を使わないとあかん時があるんですけれど、そうすると個の顔が見えなくなっちゃうんです。たとえば突撃する場面で、『童の神』でいったら「桜暁丸は斬った」とか「桜暁丸は顔をしかめた」とか「桜暁丸は」じゃなくて、「軍勢は」になる。でも前半で桜暁丸を好きになってもらったら、その軍勢の中に桜暁丸もいるんやって思って、勝手に桜暁丸の顔を想像してくれる。
 それと、個が乗り越えるものと集団が乗り越えるもの、明確にふたつ用意するんです。『燃えよ剣』で言うと、剣客土方歳三を描くのが前半で、後半は土方歳三たちが何に抗ったのかが描かれる。それは新政府軍なのか時代なのか、ここは解釈はいろいろある。

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