第227回:尾崎世界観さん

作家の読書道 第227回:尾崎世界観さん

2001年にロックバンドのクリープハイプを結成、12年にメジャーデビュー。ヴォーカル、ギター、作詞作曲で活躍する一方、16年に小説『祐介』を発表した尾崎世界観さん。最新作『母影』が芥川賞にノミネートされるなど注目を浴びる尾崎さんは、どんな本を求めてきたのか。歌うこと、書くことについて切実な思いが伝わってくるお話です。リモートでインタビューを行いました。

その5「図書館と古書」 (5/8)

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――バンドのメンバーはずっと一緒だったのですか。

尾崎:メンバーはすごく変わりました。10人以上変わっていて、ずっとそれが悩みでした。メンバーが替わるから成功しないんだという言い訳にもしていました。今のメンバーになってからは11年くらいですね。
 時々、メンバーがみんな辞めて、自分1人になる瞬間があったんです。そういう時期に読書をしていました。バンドがうまくいっていないと読む本の量が増えていく。でもなかなか定価で本が買えないので、図書館で借りるか中古本を買うかしていて。21歳から28歳くらいまで西東京の国立に住んでいたんですけど、家の近所の図書館によく通っていました。自転車のカゴがぐらぐらになるくらい借りた本を詰め込んでいましたね。

――どのように本を選んでいたのですか。

尾崎:「あ」から「わ」までずっと見ていって、気になったタイトルを借りていました。その時に花村萬月さんの小説を読みました。『吉祥寺幸荘物語』(文庫化の際に『幸荘物語』に改題)は暴力とエロもあるけれど青春小説だし、『ブルース』のような音楽を題材にした作品もあるし。『風転』も面白かったし、『ぢん・ぢん・ぢん』は空き缶で顎を殴って顎の肉がベーコンみたいにたれさがる描写がすごかった。ためらいなく、立ち上がりはやく残酷なんですよね。自分が触れてドキドキする表現ってそうなんです。残酷なことを書こうと準備してやっているなと感じると冷めてしまうけれど、花村さんはいきなり痛々しい描写がくるから「えっ」と驚くと同時に「ああ、痛いな」と実感する。
 伊藤たかみさんの『ドライブイン蒲生』も憶えていますね。すごく好きだったのは宮沢章夫さんの『サーチエンジン・システムクラッシュ』。ああいうふうに主人公がどんどんおかしくなってへんな世界に入っていく話がよかったんです。今の自分の現実を紛らわしてくれるような話を求めていました。柳美里さんの『ゴールドラッシュ』も、ものすごくよかった。家族の話だけどすごく暴力的な作品なんです。重松清さんの『疾走』を読んだのもその時期で、すごく好きでした。

――2012年にメジャーデビューが決まった時はどんな気持ちでしたか。

尾崎:実際には、その2年くらい前からお客さんが増えてきて、バンドでやっていけるんじゃないかという感触がありました。デビューが決まった時は「これからだ」という思いもあったけれど、とにかく嬉しかったですね。絶対に無理だと思っていたし、かなり厳しい状態が続いていたから。自分のやっているバンドだけまわりに馴染めず、ライブハウスの人も「どこと一緒にやらせたらいいか分からない」と言っていたんです。そういう状態から世に出られたことがすごく嬉しかった。でも今もそうですけど、つねに上を見てしまう癖があるんです。「これだけやれてよかったね」と言われても、もっとすごい人たちがいるんだから、という悔しさがある。だからデビューしても、満足はしていなかったです。

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