第227回:尾崎世界観さん

作家の読書道 第227回:尾崎世界観さん

2001年にロックバンドのクリープハイプを結成、12年にメジャーデビュー。ヴォーカル、ギター、作詞作曲で活躍する一方、16年に小説『祐介』を発表した尾崎世界観さん。最新作『母影』が芥川賞にノミネートされるなど注目を浴びる尾崎さんは、どんな本を求めてきたのか。歌うこと、書くことについて切実な思いが伝わってくるお話です。リモートでインタビューを行いました。

その6「メジャーデビュー後の読書」 (6/8)

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――忙しくなるなかで、読書生活は変化がありましたか。

尾崎:本は引き続きよく読んでいました。ツアーの移動中に読んだりすることもあって。デビューした後に読んだ本では、吉田修一さんの『横道世之介』が印象に残っていますね。自分が10代後半の頃に読んでいた作家さんが、また違った作品を書くようになって、自分も作家の方も変わったんだなと時間の流れを実感できて感慨深かったです。

――読む小説のジャンルは意識していましたか。

尾崎:意識せずに自然と選んでいるんですけど、昔から自分と向き合うような作品が好きです。自分が悩みにぶちあたっていて、それに対する読書だったからでしょうね。謎や問題があって、それを解決してすっきりする話が読みたいわけじゃなかった。逆にすっきりしたくなかったんです。それよりも、悩みを悩みとして認めてくれる作品が読みたかった。そうなると、どうしても純文学といわれるものが多くなっていきました。

――そういう時の読書って、自分の悩みに対する具体的な解決法を求めているわけじゃないんですよね。

尾崎:そうですね。「これを読めばもう悩まない!」「解決!」という本もたくさん出ているけれど、そういうことじゃないんですよね。悩みはずっと持っていて、それにつぶされてしまったら元も子もないから、うまく飼いならす為の力をくれるような作品が読みたかった。だから自分も、そういう作品が書きたいですね。

――その後、印象に残っている本といいますと。

尾崎:村上龍さんもよく読みました。『限りなく透明に近いブルー』、『コインロッカー・ベイビーズ』、『五分後の世界』。中でも『海の向こうで戦争が始まる』は衝撃的でした。それと、『ライン』という、短い話がどんどん繋がっていく作品が好きでした。最初の話の主人公が誰かと関わって、次の話はその関わった人が主人公で誰かと関わってという話が続いていく。50人以上出てくるんですけど、全員おかしいんですよ(笑)。すごく好きです。
 綿矢りささんもずっと読んでいますね。『インストール』『蹴りたい背中』といった最初の作品から、『憤死』とか、映画化された『勝手にふるえてろ』とか『私をくいとめて』も。

――読んだ本の記録ってつけていますか。

尾崎:今、それを見ながら話しています。デビューした後くらいから、お薦めの本を聞かれる機会が増えたので、2014年から読んだ本のタイトルを書き留めておくようにしているんです。見ていると、2014年に1度、値段も気にせずまとめて本を買った記録があって。これは嬉しかった記憶がありますね。それまでは定価で好きなだけ本を買うなんてできなかったので。
 前に「本の雑誌」の3万円分の図書カードで好きなだけ本を買う連載企画に出していただいたんですけど(図書カード三万円使い放題企画)、それが大変だったんです。ずっと本を買いたいだけ買えるなんてことがなかったから、一気に3万円なんて使えない(笑)。それくらい、自分にとっては、本を定価で買うという事は大きなことです。

――2015年に自分のお金で好きなだけ買った時は、どんな本を選んだのですか。

尾崎:窪美澄さんの『晴天の迷いクジラ』や、後に文庫解説を書かせていただいた『よるのふくらみ』を買っていますね。吉田修一さんの『平成猿蟹合戦図』とか、中島らもさんの『ロカ』とか。B.I.G.JOE『監獄ラッパー』もありますね。ヘロイン密輸で捕まったオーストラリアの刑務所から日本に電話をして、留守番電話にラップを吹き込んだラッパーの手記です。

――人からお薦め本を聞かれることが増えたというのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

尾崎:書いている歌詞から、本が好きだと思われたのかもしれません。でも、お薦め本を訊かれても、本当はこれが好きなんだけど、今このタイミングでは言いたくない本ってありませんか(笑)。読んでいるっていうのが悔しくて言いたくない作品とか、偵察するように読んだから素直に面白いかどうか分からない本もあって。

――ああ、プロデビューすると、同時代の作家の本を読んで面白いと「なぜ自分はこういうものが書けないんだ」と思って落ち込むので素直に楽しめなくなったという方もいますね。尾崎さんはどうですか。

尾崎:逆に、小説を書き始めてから勉強しようと思ってもっと読むようになりました。文芸誌に載っている作品を片っ端から読んだりして。でも、今回芥川賞候補にしていただいてからちょっと気持ちが変わったというか。同じところに並べてもらったからこそ自分の足りなさが浮き彫りになって、今おっしゃったような壁に当たっています。その前は、関係なかったんです。小説家はすごい人たちで、自分ははるか離れたところにいるから、もっと勉強しようという気持ちでした。

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