第236回:砥上裕將さん

作家の読書道 第236回:砥上裕將さん

水墨画を題材にした『線は、僕を描く』でメフィスト賞を受賞しデビュー、同作が本屋大賞にもノミネートされた砥上裕將さん。水墨画家でもある砥上さんに影響を与えた本とは? 画家ならではの選書や着眼点も興味深いです。小説を書き始めたきっかけや新作『7.5グラムの奇跡』についてもおうかがいしました。

その3「水墨画をはじめる」 (3/5)

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――大学に進学してからは。

砥上:表現するものが文字に限定されるのが息苦しくなっていて、もっと自由にいろんなものを感じたり考えたりしたくなりました。それで絵画に魅力を感じて、図書館に行っては手あたり次第、美術書や画集を見始めました。とりあえず全部開いてみた結果、自分はミーハーなものが好きだと気づきました(笑)。印象派が好きだな、とか。いちばん好きなのはウィリアム・ターナーですね。日本美術の話は長くなるので、だいたい全部好きということで(笑)。
あとは、昭和の三筆といわれているような、自分が手を出せないような人たちの指南書や技術書も見ていました。戦後に流行ったのでいろんな雑誌社がいっぱい臨書を出していましたし。技術書や理論書に関しては書道に限らず、世阿弥の『風姿花伝』や、宮本武蔵の『五輪書』なんかも読みました。変わったところでは『歎異抄』。親鸞の語りを弟子が書きとるスタイルですが、あれも結構好きですね。
 柔らかい言葉も好きで、『寺山修司少女詩集』なんかを読みながら、自分にもセンチメンタルな部分があるんだなと思ったり(笑)。

――砥上さんは大学時代に水墨画と出合ったそうですね。

砥上:中学校の頃に一回やったことはあるんですが、そんなに記憶に残らなかったんです。21歳くらいの頃、学校で水墨画の揮毫会があり、すごく偉い先生が来校したので見に行ったんです。書道と水墨画は隣接分野だし、何を描いているのかちょこっと分析できる部分があって。それで質問をしに行ったら「お前は面白い」と声をかけられ、そこからはスーツを着てパネルを運んだりホワイトボードを用意したり、いいように使われるようになりました(笑)。初心者を集めた体験教室なんかの時、先生一人では全員いっぺんに見られないからお弟子さんが手伝うんですが、先生が僕にも「お前、教えてこい」って言うんです。一回も習っていないのに。それで、僕も水墨画を描いてみたいとは思っていたので、道具を一式借りて必死で練習しました。先生は何も教えてくれないから、揮毫会などで書いている様子をずっと見て研究しましたね。『線は、僕を描く』の青山君と湖山先生のような優しい関係ではなかったです。

――砥上さんのデビュー作『線は、僕を描く』は、心に傷を抱える大学生の青山君が水墨画の巨匠、湖山先生に気に入られて弟子入りし、成長していく。青山君の大学の友人として古前君という社交的な青年が登場しますが、砥上さんは以前、学生時代の自分は古前君みたいだった、と話してましたよね。

砥上:そうです、古前君みたいでした。いろんな大学に行って、いろんな人に声をかけて、みんなを引き連れて水墨画をやろうとしていましたから。20校くらいは集まったのかな。それで展覧会をやったりしていました。

――高校時代は周囲に馴染めなかったのに、いきなりそんなに変わったのですか。

砥上:愛想よくすることはできますし(笑)。それに、大学が溶け込める雰囲気だったんです。留学生もたくさんいる多国籍状態で、友人もわけのわからない奴が多くて。それがよかったですね。

――大学時代に一度、小説を書かれたそうですね。

砥上:高校時代の終わり頃から、小説って紙とペンがあればできるなと思い始め、大学に入ってすぐに書いてみました。ミーハーな気持ちもありましたね。綿矢りささんがデビューして、同世代の人が小説を書いてこんなにお金をもらっているなんてすごいな、自分もそういうところにいけないか、という浅ましい考えがありました。
 でもなんせ集中力が続かないから長文が書けないんです。考えてみれば読んできた本も短いものが多かったんですよね。長時間集中できないし、じっとしていられないし、肌に合わないものはすごく止めてしまう。ドストエフスキーの『罪と罰』を読もうとしたけれど歯が立たなくて途中で止めましたし。その傾向が25歳くらいまで続きました。

――その時、どういうものを書こうとしたのですか。

砥上:ファンタジーっぽいものです。もともと夢とか幻想が好きなんです。荘子の「胡蝶の夢」のような話が好きで、自分でも書きたいなと思うけれどどうにもならなくて。
『荘子』って、小話の寄せ集めで、そういうのを読んでいると幸せな気持ちになるんですよね。「胡蝶の夢」の他には、「庖丁解牛」が好きでした。庖丁という料理人が牛肉を斬る時、切ろうとするのでなく、切ってもらいたいと語りかけてくる方向に刃を入れている、というようなことを語るんです。自分も水墨画で線を引く時に、自分の意志ではなく、身体が勝手に動くほうに線を入れている感覚があったんです。

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