
作家の読書道 第250回: 蝉谷めぐ実さん
2020年に江戸歌舞伎を題材にした『化け者心中』で第11回小説野性時代新人賞を受賞してデビュー、同作で日本歴史時代作家協会賞新人賞や中山義秀文学賞を受賞、昨年刊行の第2作『おんなの女房』では野村胡堂文学賞を受賞し、時代小説の新たな書き手として大注目されている蝉谷めぐ実さん。その読書遍歴や、歌舞伎に興味を持ったきっかけとは? 好きなものには気合いを入れてきたという、楽しい来し方のお話をどうぞ。
その2「演劇部で脚本を読む」 (2/5)
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――中学生になってからの読書は。
蝉谷:『陰陽師』は繰り返し読み続けていました。あとは、小野不由美さんの『十二国記』シリーズ、時雨沢恵一さんの『キノの旅』シリーズ。世界観がしっかりしていて、没頭できる本が好きなんだと思います。漫画もわりとそうでした。中学生の頃は「ジャンプ」系をたくさん読んでいて、『BLEACH』とか『銀魂』が好きでした。あとは家の本棚にあった『らんま1/2』とか『動物のお医者さん』とか。
――まだまだ、小説を書こうと思うこともなく...。
蝉谷:中学の時、ヘッセの「少年の日の思い出」が教科書に載っていて、その続きを書きましょうという授業があったんです。ここでもすごく気合いを入れて書き、これ絶対面白い、と思って。でも自分が考えた筋に熱中しすぎて、登場人物の名前をよく確認せずに、似た名前を書いてしまったんです。それぞれが書いたものをランダムに読んで感想のメモを貼っていくんですけれど、私が書いたものに対する感想のほとんどが「名前が違います」って。それはまあ、そうなんですけれど(笑)、そんな感想しかもえらなくて、「こんなに面白いのになんで内容を評価してくれないんだ」と一人勝手に怒ってました。それが、はじめて小説を書いた思い出です。
――部活はなにかやっていたのですか。
蝉谷:中学では卓球部に入って、途中から演劇部に入り、高校も演劇部でした。強豪校とかではなく、高校では男子部員は1人もいなくて、女子が6、7人くらいの部活です。それで、自分たちが演じられるものを探して脚本も読むようになりました。いちばん憶えているのは本谷有希子さんの『遭難、』です。あとは、鴻上尚史さんの『ビー・ヒア・ナウ』。個人的な趣味として井上ひさしさんの本なども読むようになりました。
――演者だったのですか、それとも演出とか?
蝉谷:演じる側でした。台詞おぼえが悪くてすごく怒られてました。『遭難、』では主人公の里見先生をやったんです。教師の間でリーダー格の先生です。自殺未遂した生徒のお母さんが職員室に乗り込んできて、息子が手紙を渡したはずなのに無視したって他の先生を責めるところから始まるんですね。でも実は、その手紙をもらったのは里見先生で...という。本谷さんの脚本ってギャグも入っていて面白いんですけれど、人間の本質をえぐり出していくところがあるので、台詞の一つたりとも無駄にしちゃいけないと演者として気をつけていました。
演劇は他にも、コメディからシリアスなものまでいろいろやりました。時には自分たちで脚本を書いて、出し合ってどれにするか決めたりもしましたが、私の書いたものは全然選ばれることはなかったです。うまい人はやっぱりうまかったです。
それと、高校の学祭では、全クラスがそれぞれ演劇をやって、上位3クラスだけが学祭の一般公開日に上演できることになっていたんです。たいてい3年生のクラスが選ばれるんですけれど、1学年4クラスあるのでめちゃくちゃ熾烈な闘いになるんです。これはもう全クラス力を入れていました。私も3年の時に、同じクラスだった演劇部の子と一緒に「隣のクラスの大道具、どうやったら潰れるんだろうね」とか話してました。もちろん、潰してないですよ(笑)。そういう心理状態になるくらい力を入れていたんです。その演劇部で一緒だった子とは今でも仲が良くて、高校時代も結構その子と本の話をしました。
――高校時代はどんな本を読んでいたのですか。
蝉谷:その子がミステリー好きで、教えてもらったなかですごく面白かったのは横山秀夫さんの『半落ち』です。妻を殺したと自首してきた男が、自首するまでの空白の2日間について何も語らないっていう。その動機の部分、感情の部分が描かれているところがすごく好きでした。
自分で選んで読んだものでいうと、重松清さん。『ナイフ』などを読みました。伊坂幸太郎さんは『重力ピエロ』から入りました。それと、BL漫画もそこではじめて読み、映画化もされた水城せとなさんの『窮鼠はチーズの夢を見る』に衝撃を受けました。恋愛がメインテーマではあるんですけれど、主人公には妻がいて、その妻には妻なりの意見があったりして、それぞれの心の揺れが丁寧に描かれていくところがすごく好きでした。
ゲームだと「ファイナルファンタジーⅩ」のストーリーが好きでした。
――どんなストーリーなのですか。
蝉谷:一人の青年が異世界に入って、召喚士の女の子と出会って、その世界のラスボスみたいな存在を倒すための旅に加わるんです。その青年は早くラスボスを倒しちゃえばいいじゃん、みたいに言うんですけれど、だんだん、ラスボスを倒すことで不幸になる人もいるとか、倒すことに対して誰かの命を犠牲にしていいのか、といった葛藤が見えてくるんです。戦略を立てるのが楽しいのもあったんですが、このストーリーはどうなるんだろうと気になって進めていったゲームでした。と言いつつ、その一方で「スマッシュブラザーズ」とかもしてましたけれど。
――それはどんなゲームなんですか。
蝉谷:まあ、どつきあいです(笑)。
――なるほど(笑)。その頃は進路や将来についてどのようなことを考えていましたか。
蝉谷:その頃も、将来の夢的なものは特に考えていなくて。中学から高校に上がる時、私はもう本当にびりっけつで上がったんです。中学3年の夏頃に「あなたは上にはいけないから」みたいなことを言われ、「いやいやいや!」となって(笑)。そこから、ものすごく副教科に力を入れたんですね。数学とか英語ではもうみんなに太刀打ちできないから、家庭科とか美術に全ての力を注ぎ込んで、やっとこさ高校に上がって、もう上がれたからいいやって、あんぽんたんになりました(笑)。本や演劇は好きだったので、どこかの大学に行って、出版社に入るか演劇関係の裏方の仕事ができたらいいやくらいのことは思っていましたが、頭がカラカラになっていたので、自分の将来について深く考えてはいませんでした。
――演者だったのに、舞台に立つ側になりたいとは思わなかったんですか。
蝉谷:なかったです。その界隈にはすでにすごい人たちがたくさんいるので、自分はそういうところに立つ人間ではないと早々に気づきました。ただ、大学では演劇ができたらいいなと思っていたので、演劇系が強い早稲田大学を候補に考えたりはしていました。
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