第250回: 蝉谷めぐ実さん

作家の読書道 第250回: 蝉谷めぐ実さん

2020年に江戸歌舞伎を題材にした『化け者心中』で第11回小説野性時代新人賞を受賞してデビュー、同作で日本歴史時代作家協会賞新人賞や中山義秀文学賞を受賞、昨年刊行の第2作『おんなの女房』では野村胡堂文学賞を受賞し、時代小説の新たな書き手として大注目されている蝉谷めぐ実さん。その読書遍歴や、歌舞伎に興味を持ったきっかけとは? 好きなものには気合いを入れてきたという、楽しい来し方のお話をどうぞ。

その4「作家を目指す」 (4/5)

――小説を書き始めたのはいつですか。

蝉谷:だいそれた感じなんですが、三島由紀夫を読んだ時に、私も書いてみたいと思ったんです。手慰みに書いてみるとかではなく、書くからには一生をかけてでも作家になろうって覚悟を決めて、そこから書き始めました。
 最初は現代ものをいっぱい書いていたんですけれど、新人賞に応募しても箸にも棒にもかからず。時代小説も書いてみようかとも思ったんですが、こんな難しいもの書けるかっていう...。でも、現代小説を書く時、だんだん賞を取るためのものを書くようになってしまったので、一度ちゃんと好きなものを書こうものを書こうと思い、また時代小説にチャレンジしました。

――一生かけても作家になろうと決意されたとは、それほど三島の文章が衝撃だったということなのか...。

蝉谷:そうですね。一時期、銀行の暗証番号を三島の誕生日にしていました(笑)。

――お話うかがっていると、「これだ」と思ったものに向かっていく時の集中力がすごいですよね。

蝉谷:なにかをやるなら、ちゃんと結果が出るまでやらないと自分を許せない、みたいなところがあるかもしれません。はまるととことん行ってしまうタイプで、自分で納得できるところまで行かないと、途中で挫折は許されないっていう。と言いながらも、演劇は早々に辞めているんですけれど。

――デビュー作『化け者心中』の原型も学生時代に書かれたものだそうですね。文体とか用語とか、最初に時代小説を書く時は大変だったのではないかと。

蝉谷:好きなものに関しては労力をかけられるタイプなので。大学の図書館がすごく役に立ちました。文学部の図書館と早稲田キャンパスの図書館、それと演劇博物館というところがあって、置かれている本が違うので、それを全部さらいました。早稲田にある歌舞伎関係の本は全部読んだと思います。ただ、知識が江戸の歌舞伎に特化しているので、違う時代の小説を書くとしたら一から勉強し直さないといけないです。
 小説と並行して卒業論文を進めていたんですが、卒論のテーマが文化文政時代の大阪の役者と江戸の役者の違いだったんです。もう、小説のためにいろいろ調べた資料をもとに卒論を書いたっていう感じです(笑)。なので小説には大阪と江戸とどちらが上か、みたいなところも入っています。お笑いも好きだったので、大阪の笑いと江戸の笑いの違いといったところも入っているかもしれません。

――あ、やはりお笑いはお好きでしたか。

蝉谷:やっぱり大阪人なので、土曜日のお昼はテレビで吉本新喜劇を観ていました。M-1がある日は絶対にテレビの前で正座で(笑)。コントも漫才もどちらも好きで、コントは世界観をきっちり作る方々がいるので、すごく勉強になります。なかでもインパルス、東京03、さらば青春の光は繰り返し同じネタを見たりしています。
 和牛の追っかけもしてました。プレゼントを持って劇場に行ったり、地方までツアーに行ったりしていました。

――そうだったんですか。ところで江戸歌舞伎の資料というのは、演目や風俗のほかに、役者評判記とかもあったのですか。

蝉谷:あるんです。役者評判記をまとめた全集みたいなものがたしか10巻くらいあるんですよ。それは図書館のなかでも地下のそのまた地下の結構コアな場所にあります。

――好きな歌舞伎の演目というと。

蝉谷:やはり女形が好きなので、『おんなの女房』にも書いた「祇園祭礼信仰記」ですね。玉三郎さんの雪姫をはじめて観た時に、とんでもなく艶かしくて痺れました。

――他の古典芸能も参考にされましたか。

蝉谷:浄瑠璃の演目から歌舞伎に落とし込んだものも多いので、それを書く時は浄瑠璃のほうにもあたります。
 落語はよく聞きます。江戸の歌舞伎の台詞回しとか義太夫の言葉がちゃんと残っているので。落語は「孝行糖」が好きですね。「死神」のような深い噺とかではないんですけれど、孝行糖を売り歩く時の口上がすごく好きなんです。耳に馴染んで、ただただ聞いちゃうというか。
 小説を書く時も、自分で音読はしないけれど、読み上げた時にどう聞こえるかは結構大事にしています。だから参考のためにゲーム実況なんかも聞くんです。私が好きなのは「ナポリの男たち」という4人グループで、顔を見せずに声だけなのに、ひとりひとりキャラが立っていて、すごく個性がわかるコメントをされる。まあ大学時代友達があんまりいなかったので、実況を聞きながら自分も一緒に参加しているつもりで一人でゲームをしていたっていう名残かもしれません(笑)。

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