『夢十夜』夏目漱石

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 福岡沙織

 職場の人たちが、たびたび口にする。「2011年も残り1ヶ月半だね。」と。
 その度、私は訊いてしまう。 「やり残したこと、ありますか?」
 
 私には、あります。とある作品を、紹介すること。
 作品名は『夢十夜』。夢にまつわる話を10作、連ねた短篇集。
 寄る辺ない夢や時間、その一瞬を生きた人々のはなし。「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と意訳した、夏目漱石さんの作品。日本語で描かれた創作に、そんな含みを探してしまうのは、私だけでしょうか。内田百閒著『冥途』も共に読んで頂けると嬉しい、数多ある近現代文学の1つです。が、私にとって『夢十夜』は実は、特別。
 一生ものの本なのです。
 生きているか。熱い涙と心を持って、全力で生きているか。
 作品自体が、問うように思う。どうして、そう捉えるのだろう。自分でも呆れてしまう。けれど、この本なのです。うまく言葉にできず、もどかしい。けれど、一生、読みたい。なぜこの作品なのか、向き合い続けて探したい。ぼろぼろになった本、ページが接がれたら買い換え、今は3冊目。何度も繰り返し、読みたい作品です。
 だからか『夢十夜』を産んだ人、夏目漱石さんは私にとって、途方もないひと。
 12月9日、夏目漱石さんの命日は、ジュンク堂書店池袋本店からほど近い、雑司ヶ谷霊園に墓参りに行きます。がくがく、がくがく。霊園に入る頃、足は震えます。まさに膝が笑う、と苦笑するのはいつも、霊園を出てから。墓に向かう時は、必死です。
 墓前に立ち、頭を下げる。胸に抱えた『夢十夜』。生きてきたか。必死に、生きてきたか。自分自身に、問いかけます。入社して2度、墓前に立ちました。「はい」と胸張り応えたこと、残念ながら、ありません。夏目さんの前で、見栄や言い訳は一切できない。丸裸で心もとない、ちっぽけな自分。だから、ひたすらに、頭を下げる。やり残したことばかり、反省ばかりです、と。そして散々に自分を責めた後、残るのは感謝です。

 ありがとうございます、今年も1年、本に携わり生きること叶いました。

 今年もまたあの墓前に立つこと、自分に許せるでしょうか。考えるだけで、手が震えます。12月まで半月。2011年も1ヶ月半。やり残したこと、ありますか?阿呆だなと苦笑しながらも夢中になれるもの。これだ、と思える何かに、出逢えていますか?

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ジュンク堂書店池袋本店 福岡沙織
ジュンク堂書店池袋本店 福岡沙織
1986年生。2009年、B1Fから9F、ビル1つすべて本屋のジュンク堂書店池袋店を、ぽかんと見上げ入社。雑誌担当3年目。ロアルド・ダール、夏目漱石、成田美名子、畠山直哉ファン。ミーハーです。座右の銘は七転び八起き。殻を被ったひよっこ、右往左往しながらも、本に携わって生きて死ねればそれで良いと思っています。