『三陸海岸大津波』吉村昭

●今回の書評担当者●喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子

 石巻へ行ってきました。
 石巻の町には仮面ライダーがいました。ゴレンジャーもいました。009やロボコンも。石巻には石ノ森萬画館があって石巻マンガロードがあって、街中にヒーローがたくさんいるのです。自転車にのって旧北上川方面に走りました。川沿いのマンションの前に公園があって親子連れが遊んでいました。土手の上を学校帰りの女子高生がふたりおしゃべりしながら歩いていました。そんな日常の風景の中で旧北上川の水位の高さに驚きました。地盤沈下の影響でしょうか。

 ガラスが割れたまま、壁がくずれたままの建物がいくつもありました。商店街もシャッターが閉まっているところが多かったです。でもそのなかで店を再開しているかまぼこ屋さんや和菓子屋さんや床屋さんがありました。

 港の方は撤去されたがれきが集められていたり、津波で流された車が集められて山になっていたり、処理しきれなくて放置されたままになっているそうです。かつては家がたくさんあった場所も荒涼とした風景が広がっています。
「捜索犬による行方不明者の捜索お気軽にお声おかけください」という張り紙を見ました。
 ボランティア団体のネーム入りのジャケットを着た人たちが歩いていました。作業服の方たちをたくさん見ました。

 震災から8ヶ月が経ち、報道は少なくなって知らされることのない被災地の今の状況というものを目の当たりにしてきて、言葉を失いました。いろいろ感情が浮かんでくるのですが、言葉にならないのです。言葉で伝えることを生業としている作家の方々が今のこの被災地に立って津波に襲われた場所に立って感じたことをちゃんと言葉にしてくれたら、どんな文章になるんだろうなと思いました。

『三陸海岸大津波』を読みました。

 著者は言うまでもありませんが作家です。しかし本書は綿密な取材に基づいて書かれた記録です。言葉は簡潔でわかりやすく、過度な演出なんてひとつもありません。だからこそ、これが事実であるからこそ、津波の怖さというものがまざまざと感じられます。

 この中では三つの津波について書かれています。「明治二十九年の津波」「昭和八年の津波」「チリ地震津波」です。昭和八年の津波では田老尋常高等小学校の子供たちの作文が残っていて、そのあどけない文章にかえって津波の生々しさが感じられます。

 この本は文春文庫として2004年に再文庫化されたものです。文庫化したときと再文庫化したときそれぞれ著者のあとがきがあります。再文庫化のあとがきでは著者が三陸海岸にある羅賀という地で講演をした際(おそらく2001年)、熱心に耳をかたむけてくれている人々のほとんどが津波を体験していないということに気付いたと書かれています。「明治二十九年六月十五日夜の津波では、この羅賀に五十メートルの高さの津波が押し寄せたのです」というと人々の顔に驚きの色が浮かんだ、と。解説の高山文彦さんはこの本について「未来に伝えられるべき、貴重な記録である」と書いています。伝え続けることの大切さを痛感します。そして2006年に亡くなられた著者の吉村昭氏がご存命であったならいまどんな言葉を綴ってくださっただろうか、と考えてしまいます。

 震災後この本を読まれた方は多いと思います。でももっともっと多くの人に読んでほしいと思います。

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喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
本屋となっていつのまにやら20年。文芸書と文庫を担当しております。今の店に勤めて6年目。幼い頃、祖母とよく鳩に餌をやりにきていた二荒山神社の通りをはさんだ向かい側で働いております。風呂読が大好き。冬場の風呂読は至福の時間ですが、夢中になって気づくとお湯じゃなくなってたりしますね。ジャンルを問わずいろいろと、ページがあるならめくってみようっていう雑食型。先日、児童書担当ちゃんに小 学生の頃大好きだった児童書『オンネリとアンネリのおうち』(大日本図書版、絶版)をプレゼントされて感動。懐かしい本との再会というのは嬉しいものです。一人でも多くの方にそんな体験をしてほしいなあと思います。