『横道世之介』吉田修一

●今回の書評担当者●有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹

10月26日(月) TSUTAYA BOOK STORE(東京ミッドタウン)

「悪人」を超えた!! との職場の声を聞いて読んでみました。
吉田修一さんといえば、その名前からして格好良くて、ルックスも抜群(文藝2005年冬号をご覧下さい)。作品のタイトルも、綺麗な女性がクラッと惹かれるようなセンスを感じさせるものばかりで、森見登美彦さんの「四畳半神話体系」を地でゆく僕には(森見さんがそうではないなんて思っていません。森見さん女性書店員にモテモテです)、手に取るのが遠くなっていました。でも今回の「横道世之介」は、なんだか森見的(しつこいですね)な雰囲気を感じさせる手ざわりに、これなら読めるかもと久しぶりの男性作家にワクワクしながら、レジに向いました。

1980年代4月、大学進学のため福岡から上京してきた横道世之介。新宿駅から西武新宿線花小金井駅へ。そこからバスで八つ目の三階建てマンションで東京生活を始めます。サークル勧誘、先輩の紹介バイト、車の教習、何となくダブルデート、夏休みの帰省と着実に大学生活のステップを重ねていく世之介。六本木アマンド前、ねるとん、ハチ公物語、ハートカクテルなんて言葉からも当時の風を感じます。物語の間に挟みこまれる2009年現在の彼ら彼女らの後日談はとてもシビアなもので、そのモラトリアムな学生生活と鮮やかな対比をみせ、物語の奥行きを本当に深めています。

どんなに厳しい現実を前にしても、僕たちにはあの学生生活があったはずです。バカ笑いした夜があったはずです。そういう気持ちを、そのときの人々を忘れないようにしたいと僕は思っています(もう連絡の取れない、もう会えない人が何人もいるのです)。今、現在、僕の周りにいる人々を大切にする。そういう場面の積み重ねが人生の糧だと思うのです。

さて、横道世之介はどんな大人になったのか......。

今回は六本木です。そんなに久しぶりでもないはずなんですが、あのアマンドは建て替え工事中で見る影もありませんでした。ショックです。ライブ会場ヴェルファーレもなくなっていました。また昔話が増えてしまいます。寂しくなりつつ、松本幸四郎さんも歩いた東京ミッドタウンを初めて訪れました。こちらのTSUTAYA BOOK STOREは素敵でした。オフィスワーカーとクリエイティブな人々を視野に入れて、セルフマネジメント系ビジネス書を中心に、デザインアート関連書籍、コミック、文庫、旅行ガイド、雑誌が40坪という空間にギュッと濃縮されています。新しいライフスタイルを提案する場を目指している書店員の厳選した選書作業とコメントが光っています。色彩とライティングも大人っぽいです。

« 前のページ | 次のページ »

有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
1978年東京生まれ。物心ついた中学・高校時代を建築学と声優を目指して過ごす。高校では放送部に所属し、朗読を3年間経験しました。東海大学建築学科に入学後、最初の夏休みを前にして、本でも読むかノと購買で初めて能動的に手に取った本が二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」でした。以後、ミステリーと女性作家の純文学、及び専攻の建築書を読むようになります。趣味の書店・美術展めぐりが楽しかったので、これは仕事にしても大丈夫かなと思い、書店ばかりで就活を始め、縁あり入社を許される。入社5年目。人間をおろそかにしない。仕事も、会社も、小説も、建築も、生活も、そうでありたい。そうであってほしい。