『タイム屋文庫』朝倉かすみ

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

 毎年お正月に今年の目標なるものを立ててみる。立ててはみるのだけれど二ヶ月ほどで怪しくなり半年もすると忘れてしまう。実際去年の目標が何であったのか、今、全く思い出せない。
 そんなあまりイミのない元旦的行事だけれど懲りずに今年もやってみた。
    「今年の目標:抜け作卒業」

 今でこそ周りの10人中8.5人が私のコトを天然大王だのうっかりペネロペだのと呼ぶけれど(後の1人は面識のない人で0.5人は言葉の話せない赤ちゃんである)かつては立派な抜け作であり今でもまだずっとそうなのだ。だから今年こそは抜け作を卒業して沈着冷静な隙のない大人の女になってやろう!!

 しかし、偶然とは恐ろしいもので元旦に目標を立てたすぐ後に読んだ本の主人公がこれまた抜け作さんであったなんて...
 祖母の死をきっかけに、その家に移り住んだ柊子は不倫を清算し仕事も辞める。そして何の考えも見込みもないままにタイムトラベルの本だけの貸し本屋「タイム屋文庫」を始める...十六の時に恋をした人とばったりと出会うのを待ちながら...
 と書くとなんだかじめじめ系の小説っぽいのだけど、そこはそれ朝倉さんですからね、さらぁりとふんわぁりとのたぁりと話が進んでいくのですよ。
 主人公の柊子は私なんか足元にも及ばない程の抜け作さんである。貸本屋兼喫茶店を開業するために必要な法的手続きについて全く調べてなかったりして、そんなんで大丈夫なんかいっ?と心配になってくるのだけど近所の人たちがなんやかんやと世話を焼いてくれる。それもこれも亡くなった祖母の人徳ってやつなんだよな。
 どたばたで開店したタイム屋にはなんとも言えない不思議な雰囲気があるんだな。どことなく懐かしくてゆた~としていてほくほくとした店で、まるで冬の縁側での日向ぼっこのような心地よさが漂っているのである。
 いいではないか、うん、いいよいいよ。これこそ私が恋焦がれている空間なのだよ。
 古いものが醸し出すセピア色の空気。じんわりと細胞の中から温まる遠赤外線効果。あぁ行ってみたいなタイム屋文庫。
 これが骨董品屋だと九十九神がわちゃわちゃと隠れているからちょっぴり怖かったりするのだけれど、古本屋にはそういう雰囲気がないからな、安心だ。
 散歩の途中でふら~り立ち寄り、スタンダードミュージックが低いボリュゥムで流れる店内で本を読んだりアザラシのように昼寝をしたり...あぁそうか。こんな店に行きたいだけでなく自分でやってみたかったんだ。
 よし、今年の目標変更だ。将来タイム屋文庫みたいな店を開くための先行投資で本をたくさん買う、これでどうでしょ。

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。