『光』三浦しをん

●今回の書評担当者●豊川堂カルミア店 林毅

 浅見光彦シリーズであるとか、佐伯泰英の時代小説であるとか、安定して売れる小説は、「こんな感じの話だろう」とある程度予測がつくもの。分かるからこそ安心して読める。テイストがこれまでと違ったりすると「これはどうなの?」という疑問が先にたち躊躇をさせてしまうのか、売れなかったりすることもままあるわけです。
 でもそんな新展開というか新味な物語には、個人的にはむしろそそられる方で、外に昼食に出るとほぼ同じ店に行きほぼ同じものを頼んでしまう私でありますが、(本となると話は別で)新鮮な味わいこそが読書の醍醐味であると、信じて疑わないのであります。

 それでも三浦しをんさんの新作には驚きました。まさかの犯罪小説、まったくの暗黒な物語だとは。(東野圭吾『白夜行』とか桐野夏生『OUT』とか吉田修一『悪人』とか、そんな感じの小説が浮かぶほど)想像もしてなかったビターな味わいで、これは違う人が書いたんじゃないかと思った。ユーモアがあって軽やかな感じの『風が強く吹いている』や『まほろ駅前多田便利軒』(これはこれで十分面白い物語でしたが)を読んだ者としては、こんな話も出てくるのかと、改めて感服してしまう。


 東京から南にある離島。そこに突然(本当に何の前触れもなく)大津波がやってくる。夜中の逢引で高台にいた中学生の信之と恋人の美花、それに彼を慕いついてくる小学生の輔の三人は難を逃れた。が彼ら以外の島民はすべて波に消し去られ、彼らは家も家族も全てを失ってしまった。残ったのは灯台守のじいさんと、夜釣り船を出していた輔の父と客が一人の、大人が三人だけ。皆が茫然自失とするなか、ある事件が起こった。信之は美花を守るため罪を犯してしまう。けれど、混乱のなか事件はうやむやになり、三人は秘密を抱えたまま島を離れることになった。
 それから20年。過去を封印したまま少年は市役所に勤め結婚し淡々と日々を暮らしている。少女は有名な女優となっていた。そこにもう一人の生き残りである輔が現れた。そこからあの忌まわしい事件が蘇ってくる。新たなる事件へと誘っていく。

 暴力と性を描きながらも実に静謐で、どこかエネルギッシュなところを秘めた背徳的な語りが魅力。津波の怖さもさることながら、本当に怖いのは人間の持つ闇なのだ。信之が殺人を犯す場面にも背筋がゾクゾクしたり、何も知らないふりをすることにした信之の妻のしたたかさにも慄いたり。闇の向こうはまた闇で、善人などどこを捲っても登場しないのである。怖いなと思いつつも、そうした狡さや残酷さは(決して殺人を犯したりはしないだけで)自分にもあるのだと改めて思ったりする。
 


 

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豊川堂カルミア店 林毅
豊川堂カルミア店 林毅
江戸川乱歩を読んだ小学生。アガサ・クリスティに夢中になった中学生。松本清張にふけった高校生。文字があれば何でも来いだった大学生。(東京の空は夜も明るいからと)二宮金次郎さながらに、歩きつつ本を捲った(背中には何も背負ってなかったけれども)。大学を卒業するも就職はままならず、なぜだか編集プロダクションにお世話になり、編集見習い生活。某男性誌では「あなたのパンツを見せてください」に突進し、某ゴルフ雑誌では(ルールも知らないのに)ゴルフ場にも通う。26歳ではたと気づき、珍本奇本がこれでもかと並ぶので有名な阿佐ヶ谷の本屋に転職。程なく帰郷し、創業明治7年のレトロな本屋に勤めるようになって、はや16年。日々本を眺め、頁をめくりながら、いつか本を読むだけで生活できないものかと、密かに思っていたりする。本とお酒と阪神タイガース、ネコに競馬をこよなく愛する。 1963年愛知県赤羽根町生まれ。