『ビビビ・ビ・バップ』奥泉光

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

 奥泉光先生の小説でどれが一番好きか? と問われることがあったとしたら、煩悶の末、『神器 軍艦「橿原」殺人事件』、いや『東京自叙伝』、いやいややっぱり『ノヴァーリスの引用』......と今までなら決められなかったでしょうが、この度の新作『ビビビ・ビ・バップ』の冒頭から、わたしはこの小説が一番好きになる! という予感に満ち満ちており、人類滅亡するかも? という大騒動を乗り越えた先がラザニアって、というラストシーンを読み終えた時、一番好きどころか世界一好きな小説に確定した次第であります。

 物語の中でも大活躍の落語家アンドロイドよろしく、軽快な文体がノリノリなため、これは大長編でも2~3日で読めちゃうなとこちらも軽快に読み進めていたのですが、ちょっと待て、これでは本当に2~3日で話が終わってしまう! それはもったいない、と途中から牛歩作戦で読んでしまいました。

 本格SF仕様で事件もどんどん深刻になっていくにも関わらず、先に述べた通りとにかく文体が軽いので、はい今日はここまでと本を閉じることができ、続きを読み始める時もさてさて続きはどうなりますかとニヤニヤしながら再開、これ何だったっけ? と遡って読み直すなんてことは全く一度もなかったのでした。

 舞台は完全にAI制御された未来の日本、主人公はモダンジャズの空気感を愛してやまないピアニストで、時代錯誤も甚だしくプロ棋士であり二十世紀文化研究家でもあるちょっと気になる異性がいて、そこにJKコスプレをした中国人天才工学少女が仲間に加わる、これだけでもとても楽しくなってしまうのに、実在したジャズの巨人、天才棋士、天才落語家らが完コピアンドロイドとなって続々と登場、落語家アンドロイドに至っては世界の終わりを先導していく役割でそれはそれは怖ろしいのに、もう楽しい! が止まらないのです。

 とんでもないユーモアと、奥泉先生の多彩な趣味への愛情に満ち溢れたこの物語を読んだ後の余韻に浸りながら、ジャズも将棋も落語も文学も、先人たちへのリスペクト無くしては成立しない文化、そしてどれも人間にとって必要不可欠のものではないけれど、それを趣味にする、嗜好するということは、無駄を排するコンピューターには理解しがたいことなのだろうなとふと思ったのであります。そして、人生において猫は絶対に必要不可欠ということも。

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今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。