『宇宙創成』サイモン・シン

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作

宇宙はどうやってはじまったのか、始まりの前には何があったのか。宇宙の果てはどうなっているのか、果ての向こうにはなにがあるのか、というのは、きっと誰もが幼い頃に一度は抱いたことのある疑問だと思います。

このシンプルな疑問は、宇宙論的には深い問題で、幾つかの仮説は立てられているものの明確な答えは出ていないようです。単純な疑問ほど難しい問題という辺りが、宇宙の愛想の悪いところで、NHKスペシャルなんかの「宇宙の始まり」特集を観ると、数々の理論のオンパレードで、まずその理論がわからず、それが一体どう宇宙の始まりと関係するのかもよく分からない。

自分はこのまま宇宙の神秘について、何もわからないまま死んでいくのかと諦めながら、何年かが過ぎて、少しの希望が見えたのがサイモン・シンの「ビッグバン宇宙論」の発売でした。前々作「フェルマーの定理」では、同名の数学定理が証明される課程を丹念に描き、読んでいる自分もその歴史に乗っかり、ついには最後の証明の瞬間に居合わせたかのような感動を錯覚させてくれたのですが、今回もどうにかしてくれるのではないだろうかと。

早く文庫になれっ!と念じ続け、ようやく文庫になり、満を持して上下巻を購入したのですが、期待以上の内容でした。文庫では「宇宙創成」というタイトルに変わっています。別の本だと思って買うと、強烈なデジャヴに襲われることになるのでご注意ください。

上巻は神話の時代の宇宙観、つまり人が宇宙についてどう思索してきたから始まります。
地球の大きさを測り、そこから月・太陽までの距離と大きさを知る。宇宙を観測し、星の振る舞いを知り、やがて万有引力の法則、相対性理論、そしてビッグバンへとたどり着いていく。ある時代、できる限りの研究がなされて、それが次代において否定されることになったとしても、必ず礎になって繋がっていく。ビッグバンが終点かどうかはわからないが、そこは誰かが猛ダッシュで駆け抜けた場所ではなくて、長いリレーを続けながら辿り着いた場所で、そのリレーの走者一人一人が丹念に描かれ、そのリレーの全体像も、行き先も明からになっていく。

本書で書かれている宇宙論は最新の研究をトレースしていない、ちょっと古いものかもしれません。しかしそれが本書の価値を全く損ねないほど、それぞれの時代の人々が前代を受け継ぎ、発展させ次代に受け渡していく、そうして歴史を作っていくことのできた人間の叡智の素晴らしさを教えてくれます。そして著者サイモン・シンの(おそらく訳者の青木薫さんの力も絶大なのでしょうが)、その歴史や人間の叡智に対する深い敬意、専門知識がなくて読めるようにという、読者に対する心遣い、それがまた非常に心地よいものでした。

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紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。