『恐怖小説 キリカ』澤村伊智

●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸

 日本ホラー小説大賞はその選考が厳しいことで知られている。
 佳作、優秀賞、読者賞までは出るが、大賞がなかなか出ない。公募の新人賞なのだから、多少は甘めに評価してあげても良さそうなものだし、主催する出版社の都合としても、出した方が宣伝になっていいはずなのだが、それでも出ない。「日本ホラー小説大賞」という冠に相応しいレベルの作品でなければ認めない、ということなのだろう。

 調べてみると、これまでに23回発表されている賞なのに、大賞受賞は12作品だ。ほぼ2年に一回のペースである。

 そしてそのハードルの高さからか、大賞受賞作および受賞作家は、後に大きな話題になったものが多い。『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明、『黒い家』の貴志祐介、『ぼっけえ、きょうてえ』の岩井志麻子、『姉飼』の遠藤徹、『夜市』の恒川光太郎などなど。錚々たる面々ではないか。

 この日本ホラー小説大賞の一番最近の受賞作家は、『ぼぎわんが、来る』の澤村伊智だ。一番最近、といっても2年前の2015年だ。2016年は大賞なしだった。

 今回紹介したいのは、その澤村伊智の最新刊『恐怖小説 キリカ』(講談社)である。

 ここで断言しておこう、みんな、今のうちに読んでおいた方がいいぞ。
 とてつもない天才ホラー作家がついに現れたのだ!

 思えば日本ホラー小説大賞の受賞作『ぼぎわんが、来る』からして、もうとんでもなかった。話そのものはオーソドックスで、得体の知れないもの(=ぼぎわん)がやって来る、という恐怖を描いているだけなのに、これが怖い怖い。三部構成で、それぞれに語り口が変わる構成も上手く、一気に読ませて超怖いのだ。

 二作目『ずうのめ人形』も怖い。実はこれは『キリカ』を読んだら凄すぎたので、慌てて未読の二作目を読んだのだが、ひっくり返ってしまった。ある小説を読んだ人が人形に呪い殺される話で、殺されたくなかったら、4日以内に誰かに同じ小説を読ませるか、ある呪文を唱えるしかない。『リング』の本歌取り作品とも言えるが、これも語りの上手さで抜け出せなくなる。ラストはまるでミステリのような驚きまで襲ってくるのだ。

 そしてそして、『恐怖小説 キリカ』だ。
 主人公・香川が、「澤村電磁」のペンネームで投稿した小説『ぼぎわん』が、日本ホラー小説大賞を受賞した、という場面から物語が始まる。単行本として出版されるまでに、「澤村電磁」は「澤村伊智」に、『ぼぎわん』は『ぼぎわんが、来る』に変更される。つまりこれは、澤村伊智の実体験がベースになった小説なのだ。

 香川には妻・霧香がいて、受賞を喜んでくれた。また、創作グループのメンバーたちも一様に喜んでくれたのだが、うち一人が、その小説に対して妙な誤読をした評論をfacebookに投稿する。香川の離婚した元妻への恨みの感情が『ぼぎわん』を生み出したのだ、と。もちろんそこまでの意図はないのに。さらに「俺がいたからお前はこの小説を書けた。俺はお前のプロデューサーだ」と言ってゲラ校正にも手を出そうとする。拒絶すると、今度は香川や霧香を中傷する内容の怪文書がバラ撒かれはじめる。さらにKADOKAWAの担当編集者も急病を理由に謎の交替をする......。徐々にエスカレートした末に、とてつもない事件が起こる。

 が、この時点でまだ三部構成の第一部。妻・霧香による手記の形をとった第二部は、『ぼぎわんが、来る』の出版から作家・澤村伊智がどんどんおかしくなっていく様子が描かれる。ついには、読書メーターで同書を酷評した一般の読者が次々と殺されていくのだ......。

 おいおい、この小説は実話ベースではなかったのかよ。いったい、どこまでが事実でどこからがフィクションなのか、全く分からなくなるのだ。いや、もしかしたら、全てが実話なのかも知れない。ああ恐ろしい。

『恐怖小説 キリカ』はスティーヴン・キング『ミザリー』の本歌取りホラーと言えるし、中盤では『黒い家』が重要な要素として登場する。代表的ホラーを上手い具合にブレンドして、さらに澤村伊智にしか表現できない世界観を作り上げているのだ。

 事実か虚構か、ただの怪談話か。一度のめり込むともう抜け出せない澤村伊智。今のうちに、天才作家に触れておくべし!

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啓文社西条店 三島政幸
啓文社西条店 三島政幸
1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。