『もぎりよ今夜も有難う』片桐はいり

●今回の書評担当者●喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子

  • もぎりよ今夜も有難う
  • 『もぎりよ今夜も有難う』
    片桐はいり
    キネマ旬報社
    1,728円(税込)
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 映画好きだったら、やっぱり映画館へいかなくちゃ。
 そういうこだわりを持つ人も多いのではないでしょうか。そんな方にはぜひ読んでいただきたいのがこの本。

 著者の片桐はいりさん。この方、映画館でバイトをされていたそうです。
 銀座文化劇場。いまのシネスイッチ銀座ですね。学生時代にもぎりのアルバイトをしながら、夢中で見た「転校生」。 劇場の扉の隙間から覗いては、トラックを追いかける少女のエンデイングで何度も泣いたという片桐はいりさん。 その主演女優と25年後に「かもめ食堂」の舞台挨拶でその映画館の同じステージに立つとは!

 そんなお話からはじまるこのエッセイ集は「キネマ旬報」に連載されていたもの。映画好きが映画館というもっとも好きな場所で過ごす至福の時間をぎゅぎゅっと凝縮した一冊です。

 映画への入り口を守るもぎりの方々の習性というものが、当時のヒット映画や名画の数々とともにいきいきと描かれているのですが、その面白そうなこと。交代で映画を見たり、休み時間にブランケットを持って客席に身を沈めて眠ってみたり、屋上やらボイラー室まであますところなく映画館のいたるところが出てきます。自由に動き回るもぎりたちの様子を読むと、そこがまるでもぎりたちの秘密基地のように思えてきます。

「映画は鑑賞するものから、劇場まるごと楽しむものに変わっていった」とおっしゃる片桐はいりさん。

 ロケなどの仕事やプライベートで訪れた地方、見知らぬ土地では映画館に仁義を切りに行くそうです。営業中のところばかりではなく、すでに閉鎖されてしまった映画館へ行くことも。当時の様子を楽しげに話してくれる地元の方々とのふれあいや、そこにとけこんでいってしまう片桐はいりさんの自然さっていうのが、読んでいてとても心地いいのです。映画館好きに共通する空気っていうのがそこに漂っているのを感じます。映画館とは商業施設のみならず、その町の文化であり、そこに働くひとびとの生き方そのものだったりもするのが、伝わってきます。

 片桐はいりさんにとっても「もぎり」がたんなるバイトではないようで、もぎりたいという欲望のままにきっかけがあればすぐに現役もぎりになられることも。映画館でチケットをもぎるひとの顔を見たら片桐はいりさんだった、なんてことが実際にあるようです。いつかそんなところに出くわしてみたい。そしたら「どうしたんですかっ」って興奮して聞いちゃうかも。その答えもちゃんと書いてあったけど、でもやっぱり聞いちゃうなあ。

 読んだら必ずや映画館へ行きたくなるので、そのときはもぎりの顔にもぜひご注目を。

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喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
本屋となっていつのまにやら20年。文芸書と文庫を担当しております。今の店に勤めて6年目。幼い頃、祖母とよく鳩に餌をやりにきていた二荒山神社の通りをはさんだ向かい側で働いております。風呂読が大好き。冬場の風呂読は至福の時間ですが、夢中になって気づくとお湯じゃなくなってたりしますね。ジャンルを問わずいろいろと、ページがあるならめくってみようっていう雑食型。先日、児童書担当ちゃんに小 学生の頃大好きだった児童書『オンネリとアンネリのおうち』(大日本図書版、絶版)をプレゼントされて感動。懐かしい本との再会というのは嬉しいものです。一人でも多くの方にそんな体験をしてほしいなあと思います。