『息を聴け』冨田篤

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

 唐突にお尋ねしますが、皆さんは<木琴>という楽器をご存じですか? 無論、ご存じですね。ではここで問題です。今あなたの前に<木琴>というものを一度も見たことがない人がいると仮定して、その人に<木琴>の構造やら演奏方法やらを、身ぶり手ぶりを交えずに言葉だけで説明してみて下さい。

......どうです、相当難しいでしょう? っていきなり何を言い出すのかというと、『息を聴け』の著者・冨田さんが直面した困難とは、これと似ているんじゃないかと思うのだ。

 2001年4月、熊本県立盲学校アンサンブル同好会に於いて打楽器を指導することになった冨田さんは、最初の授業で視覚障害を持つ生徒たちを前に途方に暮れていた。普通だったら「やってみるから、よく見てろ」で済んでしまうような簡単なことが、ここでは全く通用しない。全盲の生徒は言うに及ばず、僅かに視力を保っている弱視の生徒でさえ、<木琴>の音板など区別がつかず、ただ一枚のどデカイ板にしか見えないという。さぁ、あなたならどうやって教える?

 冨田さんの場合、取り敢えずは自分の演奏を録音して生徒たちに聞かせ、"見よう見まね"ならぬ"聴きよう聴きまね"で練習させることにした。ところがここで、ハンデを背負っている筈の生徒たちが驚くべきことをやってのける。何度かレッスンを重ねる内に、皆が皆、教えてもいないアクセントを演奏に加えるようになったのだ。しかも半ば無意識に......。訝っていた冨田さんは、或る日、ハッと気付く。《私の「クセ」だ》と。

 アンサンブルでは通常、指揮者を設けずにお互いのアイコンタクトやちょっとした身ぶりで演奏をスタートする。演奏中の細々した確認や修正も、全て視覚によって行われる。が、熊本県立盲学校アンサンブル同好会のメンバーには、勿論それは不可能だ。しかし、冨田さんは生徒たちに向って、その背中をドンッと叩くようにして助言する。曰く

《息を聴け! 気配を感じろ! お前たちの武器はその耳だ!》

 そうしてレッスンを重ねた彼らの活躍は無論読んでのお楽しみだが、その緊張感と興奮とは下手な青春ドラマなどの比ではない!! とだけは、胸を張って断言しておく。少々乱暴な喩えだが、『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子)や『スラムダンク』(井上雄彦)を読んだ時の高揚感が、この作品には確かにある! そして最後にもう一つ。熊本県立盲学校アンサンブル同好会の演奏を、一度でいいから聴いてみたいゾ!

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丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。