『マボロシの鳥』太田光

●今回の書評担当者●有隣堂川崎BE店 佐伯敦子

 最近、お客様から、「ほら、あれよあれ。今、売れている本でさ......」と訊かれることが多くなった。(お客様、それだけでは、いくら何でもわからないのですが......)「はい。あのタイトルとか少しでも......お判かりになられませんか?」「ほら!田中の相棒の!!」"田中の相棒"??何だ?何だ?それは?と最初訊かれた時は、不思議な感じでしたが、はいはい、爆笑問題の太田光さんの初小説でございますね。確かに、今話題でとても売れております。老若男女問わずに人気です。

 そもそも、私は芸能人の書く小説は、胡散臭いと思っている節がある。神様は、一人の人に二物をお与えにならないはずだし、なぜ芸能人なのに本を出版しなければいけないのか、わからない。世の中には、プロの物を書く者がいて、それで生計を立てている人達に対して、片手間に小説を書くのはどうかといつも思っている。プロの書き手の世界はそんなに甘いものではないはずではないのか。

 以前、読んだ劇団ひとりの小説も、絶対面白くないはずという先入観バリバリで読んだにもかかわらず、あまりにも面白くてハートウオーミングだったため、ついつい本屋大賞に投票してしまった。(しまった......)

 しかして、この短編集。絵のない絵本のようで、実に面白い。

 読んだ人のほとんどが一番好きと答える表題作『マボロシの鳥』。なかなか、確かにいい。私は、その次の12ページの短編中の短編『冬の人形』に思わず涙してしまった。このお話は、素晴らしいと思う。どうも、父娘ものがたりには、涙腺が弱くなる。

 全体的には、パウロ・コーエリョの『アルケミスト』を読んでいる時に似たような感覚。もしかしたら、太田光さん、ものすごい作家になる日も近いかもしれない。

 最近の芸能人は、本当に器用な方が多いような気もする。あのP社の賞金を蹴りながらも今回出版される水嶋ヒロさんといい、一芸にも二芸にも秀でてて、(その上、イケ面とはどういうことだ!)世の中、何をやらせても、そこそこうまく立ち回る優等生気質の人々というのは、本当にいるのだなあとむしろ感動する覚えてしまうこの頃である。

 少し前までは、芸能人の本は、ゴーストライターがいて名前を貸すだけ、なんてこともあったのかもしれないが、この小説に限っては、私たちがプラウン菅を通して、見聞きして知っている太田光さんを短編集の中であちらこちらに感じることができる素敵なものがたりにもなっている。

 そう、悔しいけれど何度も自分に問いただしてしまった。私は今、プロの作家ではない人が書いた小説を読んでいるはずだと。

 話題性だけでなく、売れる小説はやはりどこか希望に満ちていて、面白いものなのだろうと思う。

 第二作めもぜひ出してほしい。

 ビギナーズラックと言わせないためにも。

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有隣堂川崎BE店 佐伯敦子
有隣堂川崎BE店 佐伯敦子
江戸川乱歩の少年探偵団シリーズが大好きで、登下校中に歩き読みをしながら、電信 柱にガンガンぶつかっていた小学生は、大人になり、いつのまにか書店で仕事を見つけました。あれから二十年、売った本も、返品した本も数知れず。東野圭吾、小路幸也、朱川湊人、宮下奈都、大崎梢作品を愛し、有隣BE姉、客注係として日夜奮闘しています。まだまだ、知らないことばかり、読みたい本もたくさんあって、お客様から、版元様から、教えていただくことがいっぱいです。