『小野寺の弟・小野寺の姉』西田征史

●今回の書評担当者●中目黒ブックセンター 佐藤亜希子

  • 小野寺の弟・小野寺の姉 (幻冬舎文庫)
  • 『小野寺の弟・小野寺の姉 (幻冬舎文庫)』
    西田 征史
    幻冬舎
    583円(税込)
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 帯や裏表紙に書かれたあらすじの中でホラーや怪奇という言葉を見かけると、電灯の光に集まる虫のようにフラフラと引き寄せられていく人間だが、同じように、いや、もしかしたらそれ以上に、私の心を鷲掴みにし、ソワソワと落ち着かなくさせる単語がもうひとつある。

 それは──、"姉弟"。

"姉弟もの"という響きになんだか卑猥な香りを嗅ぎ取ってしまうのは、私が汚れきっているからなのだろうか。しかし、この身が欲しているのは健全な姉弟ものである(卑猥な姉弟ものを否定する気はない)。大切に想い合ってはいるものの、そこにあるのはあくまで家族愛。いくつになっても、互いに大事な人ができても、切っても切れぬ血の運命という憎らしくも愛おしい絆で結ばれた姉弟のお話! それを所望する!!

 このように奇妙なテンションになるほど姉弟作品が好きだ。だが、悲しきかな、数が少ない。兄妹ものと比べるとあまりの少なさに泣きたくなってくる。何故だ。何故、妹萌えばかりが世に蔓延しているのだ。そんな理不尽な日々を過ごしていたら、『小野寺の弟・小野寺の姉』と出会った。

 早くに両親を亡くし、ずっと一緒に暮らしている小野寺より子(40)と進(33)の生活を中心に描かれた本作は、ドラマ『怪物くん』や『妖怪人間ベム』、アニメ『TIGER&BUNNY』などの脚本を手掛けたクリエイター・西田征史氏の小説デビュー作である。しっかりしすぎている姉と、ちょっと頼りない弟は一見すると仲がいいのか悪いのかよくわからない。より子はイライラしていることが多いし、進は姉をうっとうしく思っているようにも見える。けれど、なんやかんやいっても姉は弟に甘く、弟は姉に弱い面がぽろぽろ零れているし、章ごとに視点が進→より子と交互に変わることで明らかになるお互いの本音が、時に笑いを、時に涙を誘う。

 ふたりはちょくちょく過去の出来事を思い出す。そのひとつに、高校デビューに失敗してふさぎ込んだ進を励ますために、より子が栞を作って渡すというエピソードがある。そもそもなんで栞なのかがわからない上に、なんともまぁ励まされているとは全く思えない代物で(どんな物なのかは本編を読んで確かめてほしい)、彼女は弟はこれにどれだけの想いが込められているか知らないんだろなぁ、でも知らなくてもいいやと思っている。けれど、実は進はより子の想いをしっかりと受け取っていて、姉が自分は気づいていないと思っているから知らないフリを続けているだけなのだ。

 このシーンを読んだとき、「いい! 超いい!」と叫びながらベッドの上で悶え苦しんでいたのだが、この非常に遠回りな気遣いにこそ姉弟の真理があると思う。

 姉という生き物はいくら年を重ねても多分変わらない。弟よりもしっかりしていなくちゃ、守らなくちゃと思い続ける。それに引き換え、弟は変わる。長い時間を共にすることで、自分よりも強いと思っていた姉の弱さを知り、守られる立場から守る立場へと変わろうとする。だが、それを見せつけようとはしない。ふたりの均衡を崩さないように、姉が威厳を保っていられるように、今までとなんら変わりのない態度で、陰からそっと支えていく。それが大人になった姉弟の形なのではないかと、二歳下の弟を持つ姉ちゃんな私は、本作を読んで悟ったのである。

 ──という話を友人にしたところ、「夢見すぎ」と一刀両断された。そんなはずはない。そんなはず、ない、と信じさせてくれ、我が弟よ......。

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中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
自他共に認める熱しやすく冷めやすい鉄人間(メンタルの脆さは豆腐以下)。人でも遊びでも興味をもつとす ぐのめりこむものの、周囲が認知し始めた頃には飽きていることもしばしば。だが、何故か奈良と古代魚と怪奇小説への愛は冷めない。書店勤務も6年目にな り、音響専門学校を卒業してから職を転々としていた時期を思い返しては私も成長したもんだなと自画自賛する日々を送っている。もふもふしたものと チョコを与えておけば大体ご機嫌。