『夏のバスプール』畑野智美

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

 やってはイケナイと言われると逆に燃えたぎる使命感とか、大人の裏をかく時だけは高まる集中力とか、後先考えずに突っ走れちゃう軽薄さとか、そんな時に限って結束しまくる連帯感とか、青春期特有のそういうノリがとにかく好きだ。

 例えば『1985年の奇跡』(五十嵐貴久/双葉文庫)とか『レヴォリューションno.3』(金城一紀/角川文庫)とか『階段途中のビッグ・ノイズ』(越谷オサム/幻冬舎文庫)とか、挙げだすともうキリが無い。

 今回紹介する『夏のバスプール』も、十代ならではの毒にも薬にもならない空騒ぎと、その裏に隠されたキラキラするような純真さを、鮮やかに切り取った青春譚だ。発売が7月上旬と少々先ではあるけれど、余りにも素敵過ぎる作品なんで黙ってられない。

 物語の序盤、研究に人生を捧げてきたのに結果を出せない陰鬱な化学教師ってのが登場するんだけど、禿げで出っ歯で【未来に少しも希望を感じられない】が故に、生徒たちから陰で「この世の終わり」と呼ばれてる(笑)。この段階で既に傑作の予感。青春小説はこうでなくっちゃ。

 舞台はどっかの地方都市。一学期の期末試験の真っ最中という時期の私立高校。一年生の涼太は、通学途中で同じ高校の女子生徒から何故かトマトを投げつけられる、というやや突拍子もない幕開けは、所謂一つのボーイ・ミーツ・ガール。

 その女子生徒は震災の後に仙台から越してきた久野ちゃんで、物語の流れとして、当然我らが涼太君は一目惚れ。だけどもどうやら彼女には、震災以外にも複雑な事情がありそうで......という本筋に、何人かの同級生たちと、2、3の先生が絡んで繰り広げられる人間ドラマは、意外なくらい深くて重い。

 涼太は久野ちゃんに惚れている訳だから力を貸していいとこ見せて、出来る事なら頼られたい。ところが、そうやって力めば力むほど、逆に久野ちゃんを追い詰めることになって途方に暮れる。同時に、過去の自分の何気ない言動が周囲を傷付けていた事実を知って、自己嫌悪という名の底なし沼にはまり込む。ここら辺の描写が、そりゃもう秀逸。

 この年頃って、心の傷に対する免疫が無い上に、なまじ他人の痛みが解るようにもなりかけてるから、何をするにもおっかなびっくり腰が引けててなかなか本音をぶつけられなくて、だから気付いて貰えなくて当たり前だってのは自分でもよく解ってるのに、一方的に傷ついたりムカついたりの一人相撲で、そんな自分自身を嫌悪して凹んでる内にそもそも何を悩んでいたのかさえも解らなくなって、あー面倒臭ぇー! ってな経験は、誰しもあるよね?

 そうやって大切な人に大切なことを伝える方法を模索して七転八倒する十六歳たちが、痛々しくも清々しくって、無条件で応援せずにはいられない。ラストシーンの、小っ恥かしいくらいに澄み切った純真さは特筆もの。

「青春小説」とか「恋愛小説」とかってステロタイプな括り方ではなく、人と人とのつながりの、苦しさときらめきを同時に描いた傑作として、胸を張ってお薦めしたい。早く来い来い、発売日!

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丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。