『戦力外捜査官 姫デカ・海月千波』似鳥鶏

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

  • 戦力外捜査官 姫デカ・海月千波
  • 『戦力外捜査官 姫デカ・海月千波』
    似鳥 鶏
    河出書房新社
    1,512円(税込)
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 何を隠そう(隠してないけど)、警察小説と呼ばれるジャンルが得意ではない。だって警察って役職や階級が独特で、登場する部署や人々の関係が今一つよく解らないんだもん。例えば、必ずと言っていいほど登場する"キャリア"なる人々は、一体何を運ぶ人なのか? などという疑問は放置してもストーリーは追えるけど解らないままだと落ち着かないし、そもそも警察内部の特殊用語を知っていて当たり前の如く作中で使われたら、初心者はいつまで経っても手が出せないではないか、プンプン。

 と一人憤っていたら、初心者に優しい警察小説が出た。『戦力外捜査官 姫デカ・海月千波』は、表紙からして優しそう。ってか、ここまでユルくなくても良かったんだけどおじさんライトノベルが読みたかった訳ではないんだよなぁこれじゃあ電車の中で読みにくいしメガネ萌えとかそういうのも興味無いんだよなぁどうしようかなこれ困ったなぁ......。

 などとブツブツ言いながらページを開いたら驚かされた。少女殺害事件の被疑者を任意同行するプロローグは、見た目と違ってやたら硬質な雰囲気で幕を開ける。ギャグも萌えも一切無く、捜査対象者(マルタイ)確保の張りつめた空気が行間から滲み出る。のっけから緊張感バリバリ。

 と思ったら次の第一章はやたら弛緩した雰囲気で、表紙のメガネ女子が警視庁捜査一課に着任早々、庁舎内で迷子になる。何を隠そう(隠してないけど)、彼女こそ本書のサブタイトルにもなっている海月警部であり、語り手である設楽巡査とコンビを組んで、3か月前から発生している連続放火事件の捜査に当たる、という設定。

 ちょっと待て。ではその前の少女殺害事件はどうなったのかっつーとそっちはそっちで話は続いているようで、プロローグで登場した高宮という刑事が、今度は女子大生殺害事件を追っているんだけど雰囲気は当初のまま、相変わらずボケもツッコミも無くシリアスに推移する。

 で、上の二つの事件が歌舞伎の廻り舞台の如く、場面転換を繰り返しつつ進行する。当然二つはどこかで繋がるんだろうってぐらいはミステリ音痴の私でも予想はつくが、ではどこでどう交わるのかっつーと一向に分からずこれから一体どうなるの的好奇心満載で、ページが進むったらありゃしない。しかも、冒頭で私が愚痴ったような解り難い部分をいちいち解説してくれているから、"キャリア"は決して物を運んでいる訳ではないということも、ちゃんと理解しながら読み進められるし、ピーポくんのネーミングの由来だって分かってしまう。

 そして中盤を過ぎる頃から件の連続放火事件が思わぬ展開を見せ始め、そこから物語は一気に加速。我らが設楽・海月コンビはダメダメ振りを遺憾無く発揮しつつも、本格的な刑事もの推理ドラマの色合いをグッと濃くして終盤のスピード感と緊迫感は特筆もの。表紙に惹かれた若人も、表紙に尻ごみするおじさんも、面白い警察小説を探しているなら、ハラハラしながらクスリと笑える本書を読まない手は無いと断言しよう。

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丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。