『ZONE 豊洲署刑事 岩倉梓』福田和代

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

  • ZONE 豊洲署刑事・岩倉梓
  • 『ZONE 豊洲署刑事・岩倉梓』
    福田 和代
    角川春樹事務所
    1,836円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
 花を買ひ来て
 妻としたしむ

 ってのは、ご存じ石川啄木。短歌にはとんと不案内ではあるけれど、友人や同僚が皆自分より偉くなったように思えて凹んだ記憶が、私の場合は一度や二度では多分きかない。ところが、だ。そんな苦い思いの一つや二つ、経験せずに一人前になった職業人などどこの世界にもいやしないと、諭されたような読後感の本が出た。福田和代さんの『ZONE』がそれだ。

 福田さんと言えば、ハイジャックだの大停電だの爆弾テロだのと、とにかくスケールのデカいサスペンスというイメージだけど、今度の作品はやや異色。何しろヒロインの梓は、警察は警察でも所属は生活安全課。だから、殺人だのテロだのっていう物騒な事件は、全五話の連作中一切なし。

 典型的なのは、孤独死した老人の身許を洗う第二話。聞き込みを重ねて捜査を進めれば進めるほど事件性からは遠ざかり、最終的には、件の老人が、寄る辺ない暮らしの中で見出した微かな幸せを、遺された血縁者に伝えて一件落着。考え様によっては、足を棒にして「事件性は無し」ということを確認しただけのくたびれ儲け。しかしそもそも生活安全課とは、梓の言葉を借りれば、起きてしまった事件の捜査ではなく【事件を未然に防ぐために】存在している部署なのだ。骨折り損は織り込み済み。

 当然梓もその点をこそ誇りに思い、モチベーションにつなげているのだけれど、だからと言って、華々しい武勲を挙げたくない訳では決してない。

 例えば、大捕り物を前に勇み立つ同僚の姿を目にした時、或いは大掛かりな捜査に自分を差し置いて後輩が抜擢された時、啄木と同じ憂鬱を彼女も一人噛みしめ、そして呟く。【刑事だって、手柄を立てたい。/出世欲とか、そういうことではない。自分はいい仕事をしている、と考えたいのだ。よくやった、と認めてもらいたい】と。この辺り、恐らく刑事には限るまい。誰だって多かれ少なかれ、そういう気持ちはある筈だ。

 しかし梓は、そんな思いがチラと脳裏を過る度、自分自身に言い聞かせる。【これだって立派な仕事だ】と。殺人事件なら、警察がどんなに努力を重ねても亡くなった犠牲者は帰って来ない。そうなる前の仕事こそが、生活安全課の任務なのだ、と。

 こうして、矜持と劣等感の狭間で揺れ動く梓の造形が実に当たり前の人間臭くて、自分自身を重ねずにはいられない。しかも、だ。そうやって共感しながら読み進めるうちに、読者は梓に教えられる。そう、努力は裏切らないということを。

 梓が日頃コンプレックスを感じている優等生の後輩・佐々や、梓を蔭に陽にフォローする班長の八坂など、脇を固める面々も役者揃いで、福田さんにはシリーズ化を請い願いつつ、最後も啄木の歌で締めくくろう。
 
 こころよき疲れなるかな
 息もつかず
 仕事をしたる後のこの疲れ

一生懸命仕事に打ち込む全ての人に、幸あれ。

« 前のページ | 次のページ »

丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。