『オン・ザ・マップ』サイモン・ガーフィールド

●今回の書評担当者●進駸堂中久喜本店 鈴木毅

  • オン・ザ・マップ 地図と人類の物語 (ヒストリカル・スタディーズ)
  • 『オン・ザ・マップ 地図と人類の物語 (ヒストリカル・スタディーズ)』
    サイモン・ガーフィールド
    太田出版
    2,484円(税込)
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 人生で初めて地図が欲しいと思ったのはテレビゲーム『ポートピア連続殺人事件』の地下迷宮であった。

 地図というものを自発的に活用し始めたのはもっぱらテレビゲームからであったと思う。

『ドラゴンクエスト』では上が北という地図の常識を学び、『信長の野望全国版』では栃木県は下野と呼ばれていたことを知り宇都宮広綱のあまりの弱さに涙した。

 そんなゲームと地図の関わりを思い返すと行き着くのが『THE ATLAS』というゲームである。これはタイトル通りに地図そのものを題材としたゲームで、大航海時代のポルトガルを舞台に、冒険家を雇い世界地図を作り上げるというものであった。

 このゲームが素晴らしいのは、自分が冒険に出るのではなく冒険家を雇うところがミソで、派遣した冒険家が無事に帰還し、発見した陸地の報告をプレーヤーが"信じる"か"信じない"の選択を迫られるところに面白さがある。報告を"信じる"ことによって画面上に地図が描かれていくのである。つまり出来上がる地図は伝聞のみで形作られた、今まで見た事も無い自分だけの世界地図が出来上がるのである。

 さてさて、そんな地図について思いを馳せてしまう本が今回紹介する『オン・ザ・マップ 地図と人類の物語』(サイモン・ガーフィールド、黒川由美=訳/太田出版)である。これは地図それ自体が人類史を雄弁に語る記録であったことに大興奮しちゃう本である。

 二世紀に古代ローマの地理学者でエジプトのアレクサンドリア図書館にお勤めしていたクラウディオ・プトレマイオスは北極星を基準に北を地図上の"上"とした偉大な人で、『ドラクエ』の画面の上が北という常識は彼なくしては無かった。

 アレクサンドリア図書館三代目館長エラトステネス(紀元前275年~前194年)は科学的原理に基づき「正確かつ矛盾のない世界地図を作成する」という画期的な目標を定めた。また独自の計算方法で地球の円周をはじき出し、「約4万キロ」というほぼ正確な地球の円周を当時すでに把握していたのは驚きである(地球に円周は40,075kmである)。

 しかし大昔にこれだけ科学的に正確な地図製作を目標を定めたにも関わらず、真に世界地図製作に人類が動き出すのは1000年以上もあとになってからなのである。それは地図が哲学的、宗教的、学識的、概念的な関心を示すに留まっていたからだというから面白い。

 そして15世紀にヨーロッパでの地図製作が本格的に動き出すのだが、そのきっかけが、プトレマイオスの地理学書の発見だったという。プトレマイオスさん恐るべしである。

 また地図製作者がありもしない山脈、「コング山脈」をアフリカにでっち上げ、そのウソの地図を信じてしまった後続の地図製作者がそのまま地図に載せ続け、90年間もアフリカにありもしない山脈が地図に記され続けた話なんて、信じるか信じないかはアナタ次第のゲーム『THE ATLAS』のまんまである。

 アフリカの地図のエピソードは面白い。1600年代のアフリカの地図は伝聞と風聞を基に楽観的な推測で描かれ、ゾウやサイの絵とともに内陸部はとても賑やかに描かれていた。しかし18世紀にフランスのジャン・バティスト・ブルギニョン・ダンヴィルという大変長い名前の真面目すぎる地図製作者が、科学的に正確な地図を追求した結果、"なにもわかってない"から真っ白という、大胆だが真っ白なアフリカ地図が出来上がったという。

 その空白の地図が厄介なことに、空白なら誰の者でもないという解釈のもとに「誰の物でもないなら俺の物」と西欧諸国がアフリカに進出するという暗い歴史に突き進むのも興味深い。当時のアフリカの探検は、現地から搾取できるかどうかというインフラ調査目的に行なわれた欲望渦巻くものであった。

 さてそんな面白エピソードで一番興奮したのは「ヴィンランドの謎」である。
 1957年に地図ディーラーのローレンス・ウィッテンがジュネーヴで見つけた一枚の地図のミステリーである。

 その地図には現在のカナダの一部と見られる島が描かれており、古代スカンジナビアの旅人たちが、コロンブスより500年も前にアメリカ大陸を発見していたことを示す証拠の地図とみられ、紀元1000年ごろにバイキングが北アメリカをヴィンランドと呼んでいたために〈ヴィンランド地図〉と呼ばれる(幸村誠の漫画『ヴィンランド・サガ』でも描かれている)。

 果たしてこの地図は本物なのだろうか? 本物であれば人類史を覆すことになる一枚の地図の真贋を探求した関係者の物語は、歴史ミステリーとして大変面白い。

 このように地図といっても未知の土地を人類の長い歴史の中で一歩一歩、ジワジワと押し広げて既知の土地として地図に記録していったことを思うと、地図というものが人類の好奇心と欲望、そしてそれぞれの時代に生きた人々の世界観の変化が読み取れるものだったことに気付く。

 15世紀の〈フラ・マウロの世界地図〉は世界地図に初めて中国、日本、ジャワが描出された地図であり、ルネサンスにおける人間性開放により人々が世界を見るにあたって宗教的束縛から離れ、天国の概念が地図から消滅する前兆であった。このように、人類(特に西欧)の精神の変化が歴史的スケールで知る事ができちゃうのが地図なのである。

 また〈フラ・マウロの地図〉がマルコ・ポーロの『東方見聞録』を参考にしていたように、冒険者たちの勇敢な、時に行き当たりばったりな行動から空白地が塗りつぶされて行くさまは、数々の冒険譚として僕たちを愉しませてくれる。

 彼らに焦点をあてた『世界探検全史 道の発見者たち』(青土社)では本当に行き当たりばったりで、冒険者たちは伝聞を根拠にあるかどうかわからない島や大陸を、それこそ航海技術より勘と経験を優先して行動していたことに驚く。「それで数々の発見をしてきたのか、凄いなぁ」と思ったら、出来なかったのである。大半が失敗の連続で、ほんの一握りの運のよかった人たちが歴史に名を残したのである。

 なんちゅうか、こう、フグを食べて死ななかった人間が初めて「フグって食べられるんだ」と言ったようなもんである。知らないけど。

 また18世紀にはフランスやイギリスが国土防衛の必要性から本格的に測量を行ない「(当時の)測量技術の高さは現代の原子力科学に匹敵する」とまで言われるようになり、調子に乗ってエベレストの測量まで一気に突き進んだ。〈日本でも『地図をつくった男たち』(山岡光治著/原書房)で記されているように明治に陸軍の陸地測量部(国土地理院の前身)が伊能忠敬以来となる国土の測量を行なっている〉

『オン・ザ・マップ』はタイトルどおり、あらゆる地図について解説している。

 それは人類史における世界地図製作の歴史から、ロンドンのシティマップの誕生、コレラ感染を食い止めた統計的な地図、現代におけるカーナビの普及や進化したテレビゲームが架空世界を構築するにあたって地図製作が重要なポイントであること、そして人体、特に"脳機能マッピング"と呼ばれる脳のメカニズムを解明するための地図。

 地図の世界の面白さを知らしめてくれるとても面白い本なので、一読を強くオススメしたい。

 また長々とわかり難い紹介文を書いてしまったが、言いたい事は三つである。
 一つ目は、地図とは人類史の記録であったということ。
 二つ目は、地図とは人類史における各時代の人々の精神をも記録していたということ。
 そして三つ目は、『ポートピア連続殺人事件』の犯人はヤスである。

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進駸堂中久喜本店 鈴木毅
進駸堂中久喜本店 鈴木毅
1974年栃木県生まれ。読書は外文、映画は洋画、釣りは洋式毛バリの海外かぶれ。世間が振り向かないものを専門にして生き残りをかけるニッチ至 上主義者。洋式毛バリ釣りの専門誌『月刊FlyFisher』(つり人社)にてなぜか本と映画のコラムを連載してます。