『警備員日記』手塚正己

●今回の書評担当者●うさぎや自治医大店 高田直樹

変わった思い出がある。
数年前......仕事帰りに立ち寄った大型ホームセンター。
駐車場の入り口には、なぜか6人もの警備員が例の"赤い棒"を振って誘導している。
そんなに混雑していない......集団でサボってワイワイやってる風でもない。
皆一生懸命、"赤い棒"を振っている。 

その光景は凄くインパクトがあって、物凄く面白かったのだ。 
だって思いっきりムダに思えたからだ。事実ムダだろう、あれは。きっと。
2人くらいまでならまだ分かる。不測の事態に備えてるんだろうくらいは、想像する。

6人って一体どんな大災害を想定しているんだろう。
おそらく「6人じゃなきゃ対応不可」な事態は、たぶん「6人でも対応不可」だろう。
1人車の中で「多っ」っと突っ込んでみた。

いきなり素敵な思い出話から始まったわけだけれども、今回紹介したいのは、まさに『警備員日記』。ずばりである。

上述した"思い出"が働いたのかどうかは分からないが、発売された時から妙に妙に気になっていた。
「本屋大賞ノミネート作品を読み切らなきゃっ」と奮戦していたので、今頃読了。 
面白いわぁ。この本。

著者の手塚さんの実体験をもとに描かれているらしく、読めば実にリアルに実に興味深い世界が広がる。
工事現場の警備員さん達の日常、仕事場の雰囲気、クセのある仕事仲間、仕事の苦労、いろんなトラブル......どれもがとてもリアル。

普段道を歩けば、車を運転すれば、毎日のように見かける工事現場。
当然働いている警備員さん。ごくごく当たり前の何気ない光景だった。

読んでみて思った。
「いろいろあるんですねぇぇぇ」って。
警備のテクニックももちろん、会社内での人間模様もあるし、警備員さん同士の軋轢、力関係......そうだよなぁ、人間だもの。
"赤い棒"の振り方や身のこなしだって、上手い下手はあるんだなぁ。
知られざる苦労もたくさんあるんだなぁ......。
そうだよなぁ、仕事だもの。

読むと、今まで見ているようで見ていなかった工事現場、警備員さんを見る目が変わる。
作中に出てくる「師匠」「中島」「関口」「杉山」などなどの人物がどこかで警備をしていないか無意識に探してしまう。
車を運転していても「あれは"師匠"かな?」って思ったり。

読み手の日常に自然と溶け込んでくる不思議な感触の小説だ。

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うさぎや自治医大店 高田直樹
うさぎや自治医大店 高田直樹
大学を出、職にあぶれそうになっていた所を今の会社に拾ってもらい早14・5年……。とにもかくにもどうにかこうにか今に至る。数年前からたなぞう中毒になり、追われるように本を読む。でも全然読めない……なぜだ! なぜ違う事する! 家に帰っても発注が止められない。発注中毒……。でも仕入れた本が売れると嬉しいよねぇ。