『我らがパラダイス』林真理子

●今回の書評担当者●八重洲ブックセンター八重洲本店 内田俊明

 主人公は3人のオバサン、邦子と朝子とさつき。3人とも介護が必要な親がいるが、それぞれ家庭に問題を抱えており、満足に親の面倒をみてやれていない。そんな日々を過ごすうち、3人はふとした縁から、広尾にある超高級介護老人ホーム「セブンスタータウン」で働き始める。そこで優雅に過ごす金持ち老人たちと、自分の親の境遇のあまりの格差を嘆く3人は、とある「悪だくみ」を思いつく...。

『下流の宴』で格差をエンタテインメントにした林真理子は、同じ毎日新聞の連載で、今度は格差に加えて介護までテーマにして、さらに見事な作品を完成させた。人物の造型と配置、エピソードの面白さ、大筋の展開の意外性、すべてが完璧と言えるほど。娯楽小説の王道の頂点と言っても言いすぎではない。

 介護の現実の細かな部分が実にリアルなのだが、軽いコメディタッチが交えられるので、鬼気迫るような恐ろしさはなく読み進められる。おそらくは介護に関するいろいろな資料が反映されているのであろうが、それを感じさせずすらすら読ませるところが、林真理子の巧みさだ。

 私が高校1年のとき、角川文庫で『ルンルン症候群』が出て、林真理子を読んだのは確かそれが最初だったと思う。俗っぽい浮ついた人なのかと思っていたら、軽い題材を描くけれども、ずいぶんしっかりした考え方をする人なのだな、と感じた。角川文庫ではその後、林真理子作品が続々と刊行され、それを立て続けに買って読み続けた。直木賞を受賞したあたりでは、角川文庫の林作品が、ひと月でいっぺんに3冊刊行されたこともあったと思う。当時角川にいた、現幻冬舎社長の見城徹が、林真理子という作家に惚れ込んだがゆえの暴挙(?)だったのだなと、近年出たふたりの対談本『過剰な二人』(講談社)を読んで知った。

 俗っぽさをガブガブ飲み込んで内包しつつ、まっとうな常識感覚でそれを物語化するという林真理子の基本的な作劇法は、私が高校時代のデビュー当時から現在まで変わっていない。年齢を重ねるごとに新たな題材に挑戦しつづけているという変化はあるものの、これほど姿勢が何十年も一貫している作家は珍しいのではないか。

 また介護という重い題材を真正面から扱いながら、コメディとして成立させるというのも離れ業の域ではと思う。3人のオバサンとその家族、高級老人ホームの金持ち老人たちはドタバタ劇を繰り広げ、物語はありえないほど突拍子もない結末にぐいぐい進んでいく。それでも、(身近にそういう人がいないから断言はできないが、)実際に家族の介護に悩まされている人が読んでも、嫌味たらしさや現実味のなさは感じないのではないか。そこにはあくまでまっとうな常識感覚が底流しているからである。俗を飲み込みつつまっとうさを失わない、林真理子という作家でなければなしえなかった難業だと思う。

 丹羽文雄『厭がらせの年齢』、有吉佐和子『恍惚の人』と並び称されるべき、老人介護小説の画期的な作品であり、ビリー・ワイルダーの映画のような、上質なコメディ小説でもある。林真理子の、才気に円熟味まで加わった傑作である。

※『我らがパラダイス』は、3月17日発売予定です。

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八重洲ブックセンター八重洲本店 内田俊明
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JR東京駅、八重洲南口から徒歩3分のお店です。5階で文芸書を担当しています。大学時代がバブル期とぴったり重なりますが、たまーに異様に時給 のいいアルバイトが回ってきた(住宅地図と住民の名前を確認してまわって2000円、出版社に送られた報奨券を切りそろえて1000円、など)以 外は、いい思いをした記憶がありません。1991年から当社に勤めています。文芸好きに愛される売場づくりを模索中です。かつて映画マニアだった ので、20世紀の映画はかなり観ているつもりです。1969年生まれ。島根県奥出雲町出身。