『昭和プロ野球「球場」大全』洋泉社編集部

●今回の書評担当者●三省堂書店営業本部 内田剛

「月に向かって打て!」とはプロ野球界の名言のひとつだ。心地よい風、眩しいカクテル光線、ベンチ内のざわめき、湧き上がる歓声、気の利いたヤジ、冷えたビール......投げて打って走って獲って、すべての乾いた音が全身に響き渡る。やはり野球観戦はドームではなく、五感をフルに使って楽しめる野外に限るが、その原点は「昭和の球場」にあった。

 坂田哲彦編著『昭和レトロスタジアム』(ミリオン出版)や小関順二著『野球を歩く 日本野球の歴史探訪』(草思社)といったノンフィクションばかりか、西宮球場の跡地に建てられたショッピングモールのギャラリーに残されたジオラマから在りし日の阪急黄金時代を偲ぶシーンが印象深い増山実の傑作小説『勇者たちへの伝言』(角川春樹事務所)まで。少年時代の憧れの場所の記憶を鮮やかに呼び覚ませてくれる好著が、ここ最近相次いで登場し、セピア色の思い出もカラーに一変。年をとったせいか走馬灯のように名場面が頭の中を駆け巡って時折ウルッとしてしまう。

 テレビやラジオ観戦がメインでそれほど足繁く球場に通った訳ではなかったが、それだけにめったに行けない野球場は特別な場所でもあった。生まれて初めての記憶は、神宮球場のナイターだったように思う。母に抱きかかえられていたからかグラウンドの印象はなく、ただ照明だけが眩しかった。ナゴヤ球場では中日対ヤクルト戦。とにかく星野仙一のインパクトが凄かった。投球もさることながら野手顔負けのガッツで一塁にヘッドスライディングした姿が今も忘れられない。後楽園球場。江川卓が先発の試合はいつもテンポが速く8時くらいに試合終了。チケットの半券で後楽園遊園地で遊んで帰った。ジャインアンツ球場での二軍戦。来日直後の呂明賜の豪快なピッチャーゴロを見た。西武球場では日本シリーズ。西武絶頂期の強さは半端ではなかった。3タテを食らったあとの第4戦。巨人びいきの自分としてはひとつくらいは勝つだろうと思っていたがまさかの4連敗。悔しさを通り越して見事と唸るほかなかった。その後、東京ドームの試合は何度となく観戦したが胸に突き刺さるような印象度は昭和のスタジアムで味わう熱戦には到底かなわない。

 神宮球場や甲子園球場や地方球場など、現役の昭和の球場はまだまだ残っている。いいプレーをいい球場で。野球観戦の本当の楽しさは球場自体にあるのかもしれない。がんばれ、レトロ・スタジアム!これからも末永くお元気で。

 さて、2013年3月からスタートしましたこの書評コラムですが、誰に頼まれたわけでもなく勝手にタイトルしりとりで楽しんでおりました。『山口晃大画面作品集』にはじまり、『うんちく居酒屋』→『役立たず、』→『図説宮中晩餐会』→(中略)→『いい階段の写真集』→『美しく不思議なウミウシ』ときて今回の『昭和プロ野球「球場」大全』で見事に「ん」を踏んでしまいましたのでゲームセットと相成りました。遡ってコラムを読んでください、とは言いませんので題名だけでも追いかけていただけると嬉しいです。残念なのは「あ」から始まるタイトルで極めて面白い本を見つけてしまったこと。お披露目できず、申し訳ありません。それでは。

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三省堂書店営業本部 内田剛
三省堂書店営業本部 内田剛
うお座のA型で酉年。書店員歴うっかり23年。 沈黙と平和をこよなく愛する自称〝アルパカ書店員〟 不本意ながらここ最近、腰痛のリハビリにはまっています。 優柔不断のくせに城や野球など白黒つくものが好き。 けっこう面倒な性格かもしれませんが何卒よろしく。