『きのうの世界』恩田 陸

●今回の書評担当者●東山堂 外販セクション 横矢浩司

 僕の仕事は配達業務を兼ねた営業なんだけど、突然の激しい雨にはいつも泣かされる。相手方の時間に合わせ到着したのに営業車から出られない! でも『配達あかずきん』の博美ちゃんみたく「あら、どうしましょう」などと本社に電話をかけていては仕事にならんので、猫背の姿勢で本を守りつつさっさとずぶ濡れになって玄関口までダッシュ! 着いた途端に降り止んだりして。なんか損した気分。それでも止んでくれればまだいいほうで、一日中悪天候の日などはどんどんテンションが下がってくる。「せめて平日は晴れてくれー」なんて願ってみても、土日に雨が降り続けばそれはそれで気分が悪い。でもやっぱり、今年は突発的な豪雨にあう確率が高い気がするなあ。

 今回は恩田陸さんである。いちばん好きな作家は? と聞かれれば迷わずその名前を答える方だ。角川文庫の編集長(嬉しい復刊多数)やら、講談社文庫のアンソロジーの選者(巻末解説の高橋克彦→西澤保彦という読書案内、新鮮!)やらで、読書人のツボを押しまくっているここ最近だが、いよいよ待ちに待った新作長編の登場なのである。

 10年前、個人的にいろいろあった時期に『三月は深き紅の淵を』の第一章「待っている人々」に出会い、心のモヤモヤが幾分和らいだ。「好きなことは続けていいんだよ」と言ってもらえた気がした。そしてこの人の本を永遠に読もうと決めた。以来、新刊が出るたびに必ず購入し、本作まで全ての作品を読んできた。そんな僕にとって、「これは私の集大成です」という著者の言葉は、とてもリアルに感じられる。ブレイク直前の、恩田作品の魅力がじわじわと世間に浸透していくのを肌で感じられたあの頃の静かな喜びを、読んでいる間じゅうずっと思い出していた。過去作品を連想させるいろんなモチーフがそこかしこに散りばめられているのも嬉しい。もちろん「縮小再生産を回避すること」を自らに課している恩田さんのこと、単に似ているだけではなく、終盤の怒涛の展開、立ち昇る風景、明かされる驚愕の真相など、いままでの作品を凌駕する力技を見せてくれる。読後の不安定な味わいも恩田さんならでは(謎はきちんと解かれるのにね)。読者をひきつけてぐいぐい読ませる力は、ここ数作ではいちばんかも。「物語ること」をほんとうに楽しんでいるのが伝わってくるのだ。

 ところで、なにゆえ今回、冒頭の話題から始めたのか、読み終えた方はもう、お分かりですよね?

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東山堂 外販セクション 横矢浩司
東山堂 外販セクション 横矢浩司
1972年岩手県盛岡市生まれ。1997年東山堂入社。 東山堂ブックセンター、都南店を経て本店外販課へ配属。以来ずっと営業畑。とくに好きなジャンルは純文学と本格ミステリー。突然の指名に戸惑うも、小学生時代のあだ名“ヨコチョ”が使われたコーナータイトルに運命を感じ、快諾する。カフェよりも居酒屋に出没する率高し。 酒と読書の両立が永遠のテーマ。