『アカペラ』山本 文緒

●今回の書評担当者●豊川堂カルミア店 林毅

あまり声をかけて売ることのない書店員にとって、POPを書いてその本の普及につとめるのは、大切な仕事のひとつ。でもそれが難しい。なんて書いたら売れるのだろうかと、毎度毎度私の頭を悩ませるのである。(名編集者の推薦帯やカリスマ店員のメッセージのように気の利いたフレーズなんて、考えたからってなかなか浮かぶものじゃありません)
 それでも(これまで書いてきた少なくないPOPの中に)まれには当たりもあって、たまには自信の出来もあったりします(まあ自分なりには、ですけども)。
たとえばこんなの。【江國香織を読んでいる人には、美人が多い】(直木賞受賞以前に全点フェアをしたときのもの)とか、【ヒトは悲しいから 泣くんじゃない。泣くから 悲しくなるのだ 。いつかきっと 泣かないあなたに出会えますように】(家田荘子さんの『「壊れてしまいそうな私」をささえる本』に)とか。

いつも使ってしまうホメ台詞というのもあって(POPにも定番があるのか?)、【この作家は直木賞を獲る】(私ならこの作家、この作品にあげたいよーということ)というもの。けっこう気に入って長年使っています。
お蔭様で(?)重松清さんや宮部みゆきさん、角田光代さんと、無事にみなさん受賞されました。でも、たんなる書店員の私の勝手な評価と憶測と願望でありますので、思惑通りにならない場合も多々あります(本多孝好さん、中山可穂さん、佐藤多佳子さん、荻原浩さんはまだでした、ゴメンナサイ)。
山本文緒さんも直木賞をあげたいと思っていたうちのひとりで、でもいざ直木賞を受賞したら本が出なくなってしまって、これが実に6年ぶりの小説。久しぶりの出会いに興奮しつつ読ませていただきました。

『アカペラ』は三つの中篇からなる。(通したテーマはないようだけれど)どれも離婚話があり、少々込み入った家庭環境があり、ちょっと無茶な恋愛ドラマも展開される。

表題作「アカペラ」は、中学三年生・タマコの物語。離婚間近の両親がいて、母は家出ばかり。そんななか72歳のじっちゃんに恋心を抱く彼女は、二人で暮らそうと自立しようとする。
続く「ソリチュード」は、父親の死去をきっかけに、20年前家出した実家に帰った38歳のダメ男・春一の物語。いとこで元恋人である美緒の小六の娘・一花との出会いを通して、過去のわだかまりや、なくしてしまった恋を整理し、自分を取り戻していく。
最後の「ネロリ」は、虚弱な弟を養い暮らす50歳目前の独身女性・志保子の物語。会社をリストラされ年下男性に求婚されるなか、弟を慕う19歳の少女・ココアが登場し、不思議な三角関係をなしていく。

不器用でぎこちない人間関係と、ちょっと変わった愛情のカタチ、愛情の深さ。たぶんの親近感をおぼえつつ、前向きに生きる彼らが、なんだか愛おしい。独特のユーモアも交え、その感触は、さらりとやわらかい。胸にじんわりと沁みてくる具合が、とても心地いい物語でした。

さて、どんなPOPを付けたら、皆さんにこの物語を手にしてもらえるか、ここからが悩みどころであります(いまから悩んでどうする)。

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豊川堂カルミア店 林毅
豊川堂カルミア店 林毅
江戸川乱歩を読んだ小学生。アガサ・クリスティに夢中になった中学生。松本清張にふけった高校生。文字があれば何でも来いだった大学生。(東京の空は夜も明るいからと)二宮金次郎さながらに、歩きつつ本を捲った(背中には何も背負ってなかったけれども)。大学を卒業するも就職はままならず、なぜだか編集プロダクションにお世話になり、編集見習い生活。某男性誌では「あなたのパンツを見せてください」に突進し、某ゴルフ雑誌では(ルールも知らないのに)ゴルフ場にも通う。26歳ではたと気づき、珍本奇本がこれでもかと並ぶので有名な阿佐ヶ谷の本屋に転職。程なく帰郷し、創業明治7年のレトロな本屋に勤めるようになって、はや16年。日々本を眺め、頁をめくりながら、いつか本を読むだけで生活できないものかと、密かに思っていたりする。本とお酒と阪神タイガース、ネコに競馬をこよなく愛する。 1963年愛知県赤羽根町生まれ。