『麦酒の家の冒険』西澤保彦

●今回の書評担当者●東山堂 外販セクション 横矢浩司

 大学生の仲良し4人組、タック、タカチ、ボアン、ウサコたちが迷い込んだ山荘には、ベッドが一台と、大きな冷蔵庫。その中には96本のエビスのロング缶と凍ったジョッキだけ。この場所、一体誰が何の目的で?タックたちの酩酊推理が冴えわたる!
 以上、内容紹介終わり。あとはこの「タック&タカチ」シリーズについて、取り留めなくつらつらと語ります。ホントは6年ぶりのシリーズ最新作『仮面のランデヴー』(仮題)をやりたかったんですが、僕の担当の期間には間に合いませんでした。早く読みたーい!ちなみに本書がこのシリーズとの出会いの一冊でした(もちろんジャケ買い)。それぞれが抱えるヘヴィな事情が明らかになる前の、重さよりも気楽さが勝っている、入り口としては最適な一冊かと。

 敬愛する恩田陸さん(この文庫の解説も書かれています)は、勤め人時代、仕事に忙殺されて本がちっとも読めない日々をおくっていたある週末、「この土日は本を読もう」と決意して、家事も放棄し食事も簡単に済ませ、司馬遼太郎の『坂の上の雲』全8冊をひたすら読みふけったそうな。
 僕、今まさにそんな状況なんですよ。
 繁忙期の中の貴重な休日を使い、久しぶりに「タック&タカチ」既刊の8冊を一気に再読しました。司馬遼に負けないくらいの興奮で(本当かよ)、初めて『依存』のラストにたどり着いたときの感激がまざまざと蘇ってきました。干からびかけていた僕の読書魂は、このシリーズによって救われたのです。

 「酒を飲んでいるか本を読んでいるところしか見たことがない」と云われているタックは、いままで読んできた古今東西のあらゆる小説の中で、もっとも感情移入したキャラで、それゆえ彼も含めた4人の行く末を見届けることが、このシリーズの熱烈なファンである僕の使命だとさえ思っています。僕の人生と併走する小説です。
 
 本格ミステリは、まず「謎」およびその謎解きそれ自体の魅力によって語られるべきものです。でもそれにプラスアルファして、キャラクターたちの成長や人間関係の変化も、謎解きと同じくらい魅力的に描かれている、そんな作品こそ、僕が読みたいミステリ作品なのかな、と思っています。このシリーズ最大の魅力は、まさにそこなのです。いまからこのシリーズを読み始められるという幸福な方は、ぜひこの一つ前の『彼女が死んだ夜』から、作中の時系列に沿って読まれますよう。『依存』のラストでの深い感動を味わえるかどうかは、それまでの道のりを彼らと一緒に歩んできたかどうかにかかっています。

 というわけで僕の担当はここまで。1年間ありがとうございました。このあと部屋でひとり、エビスのロング缶で乾杯です。おつかれ、自分!

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東山堂 外販セクション 横矢浩司
東山堂 外販セクション 横矢浩司
1972年岩手県盛岡市生まれ。1997年東山堂入社。 東山堂ブックセンター、都南店を経て本店外販課へ配属。以来ずっと営業畑。とくに好きなジャンルは純文学と本格ミステリー。突然の指名に戸惑うも、小学生時代のあだ名“ヨコチョ”が使われたコーナータイトルに運命を感じ、快諾する。カフェよりも居酒屋に出没する率高し。 酒と読書の両立が永遠のテーマ。