『婚礼、葬礼、その他』津村記久子

●今回の書評担当者●東山堂 外販セクション 横矢浩司

「世の中の本の中で一番好きなのがチェスタトンの『木曜の男』なんです。数えたことがあるんですけど、三ページごとに笑わせながら、何のために生きるのかという最後のところまでたどり着くんです。何のために生きるかということを普通にまじめに語るんじゃなくて笑わせるというところが、しょうもない言い方になるんですけど、本当にシビれるんですよ。で、あんなふうになりたいと私は思うんです。」
(『群像』2008年5月号、柴崎友香、山崎ナオコーラとの座談会中の発言より)

 先月、高校時代の友人から電話があり、あるサイドビジネスをやっていて、断るのが前提でいいから話を聞く時間を作ってもらえないだろうかと云われ、なんのこっちゃと思いつつ、暮れに一緒に呑んだばかりだったし話を聞くだけでいいならと、迎えの車に乗り込みました。実際中身を聞かされて、べつに怪しい話ではなかったし、もともと断ることは伝えてあったので、しばし楽しく雑談して、気持ちよく別れました。その帰り道、「誰かに呼び出される」ような状況を膨らませて面白い小説に仕立てられる人って誰かなあと、ふと考えたら、津村記久子さんの顔が浮かんできました。この本を読んでいたから、ですね。

 芥川賞受賞のニュース以来、これから多くの人の間に津村作品が広まっていくのを想像して、ひとりでニマニマとしています。昨年、津村さんの本を少しずつ読み始め、とても気に入っていたから。『ポトスライムの舟』や『ミュージック・ブレス・ユー!!』を、"自分の物語"として共感しながら読む新しい読者はきっとたくさんいるはず。そして、三谷幸喜張りのウェルメイドなシチュエーション・コメディを書ける才能を見せつけてくれたのが、昨年出たこの本の表題作なのです。実はいちばん一般ウケするんじゃないかなあ。

 大学時代の友人の結婚式に出席中のOLヨシノは、スピーチやら二次会の幹事やらを任されていたのに、突然会社の上司の親の葬儀に呼びつけられ、急遽そちらに参列することに。しかしスピーチの代役を任せたはずの友人からはトラブル続きでヘルプの電話が。葬儀場では故人の愛人同士が喧嘩をはじめ、姪御の故人批判を聞かされ、空腹のため腹は鳴り続ける。窮地に追い込まれたヨシノ、さてどうやってこの状況を切り抜けるのか!

 受賞作よりもかなり笑いの成分多め。なんでだろうと思ってたけど冒頭に引用した発言を読んで合点がいきました(チェスタトンをそんな風に捉えたことは無かったので新鮮だった)。そして、まさにこの作品が、その目指す小説世界を体現しているのですよ。さらにこれは他の作品にも共通することなんですが、同じ座談会中の「生活に波があったときに、グンと上がる部分とかグンと下がる部分だけを書くというのはやっぱりちょっと抵抗がある。そうじゃない、もっとフラットな部分を書きたい」という発言の通り、焦点を合わせる部分を変えれば濃密でシリアスな作品にも出来るのにそうしない。そうしないというところがこの作家の持ち味。そんな世界観に僕は、しょうもない言い方になるんですけど、本当にシビれるんです。

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東山堂 外販セクション 横矢浩司
東山堂 外販セクション 横矢浩司
1972年岩手県盛岡市生まれ。1997年東山堂入社。 東山堂ブックセンター、都南店を経て本店外販課へ配属。以来ずっと営業畑。とくに好きなジャンルは純文学と本格ミステリー。突然の指名に戸惑うも、小学生時代のあだ名“ヨコチョ”が使われたコーナータイトルに運命を感じ、快諾する。カフェよりも居酒屋に出没する率高し。 酒と読書の両立が永遠のテーマ。