『性悪猫』やまだ紫

●今回の書評担当者●リブロ池袋本店 幸恵子

  • 性悪猫 (やまだ紫選集)
  • 『性悪猫 (やまだ紫選集)』
    やまだ 紫
    小学館クリエイティブ
    1,512円(税込)
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 先日、もうすぐ店を辞めるというアルバイトスタッフに「おすすめの本を教えてください」と訊かれた。本屋で働いているとよく受ける質問のひとつであるのだか、今回訊かれたのは、「是非とも紹介したい本」というのではなく、どうやら「自分にとって一番大切な本」「オールタイムベストの本」は何か、ということらしい。果たして、困った。自分にとって、正宗白鳥が「人生永遠の書」と云った『楢山節考』のような本をあげればよいのだろうか? むろん『楢山〜』は、私にとっても「人生永遠の書」と云ってもよいほど偏愛する作品なのであるが......などと考えつつ、その時の私は、やまだ紫の『性悪猫』をおすすめすることにした。

 『性悪猫』は、タイトルの通り「猫」を描いたマンガであるが、そんじょそこらの猫マンガとは一線を画す作品である。
 登場する猫たちは、飽くまでも猫として描かれており、擬人化され人間のように振る舞うことなどはない。
 猫は猫であり、都合よく人間の思い通りになんてならない。描かれているのは猫の日常の姿。ともあれば、人と一緒にいながらも、どこかしら距離をとろうとしているとさえ受け取れる。
 しかし、そこにやまださんの「詩」とも呼ぶべき言葉が重なると、どうだろう。どうしようもなく人間の姿が浮かび上がってくるのである。
 これは、どうしたことか。

「やさしい自分であろう やさしさを 失くすまい と貴方が思うとき 貴方は淋しいのだ / やさしく 在ろうと努めたことが 誰の 何の 為になったろう と思うとき 貴方は 傷だらけだ / やさしさ なんかに こだわるうち 貴方はちっとも やさしく なんかないんだ」(「さくらに風」より)

 作者の猫に対する距離感、日常を冷静に見つめる視線。
 やまださんの言葉と、猫の姿に出会うため、私はこれまで幾度も幾度もページを開いてきた。そして、その度に心がざわめき、しばし酔う。

 この本を私に教えてくれたのは、大学時代の友人である。自分が大好きな本だから読んでと、押しつけがましく薦めるのではなく、ただ、好きだと話をしていた。
 ページをぱらぱらめくると、開き癖のついたお気に入りのページがさっと開く。そんな本に出会うのも悪くないと思う。

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リブロ池袋本店 幸恵子
リブロ池袋本店 幸恵子
大学を卒業してから、大学の研究補助、雑貨販売、珈琲豆焙煎人、演劇関係の事務局アシスタントなど、脈略なく職を転々としていた私ですが、本屋だけは長く続いています。昨年、12年半勤務していた渋谷を離れ、現在は池袋の大型店の人文書担当。普段はぼーっとしていますが、自由であることの不自由さについて考えたりもしています。人生のモットーはいつでもユーモアを忘れずに。文系のハートをもった理系好きです。