第十六回 女の100年、まだ旅の途中(中編) 対談ゲスト:斎藤美奈子さん

【対談ゲスト:斎藤美奈子さん(文芸評論家)】

インターネットの普及で生み出された息苦しさ

平山 斎藤さんのご著書『モダンガール論:欲望史観で読む女子の二〇世紀』(筑摩書房)は、欲望史観で書くという点が衝撃で、今でも愛読しております。

斎藤 そんな本まで読んでくださって、ありがとうございます。30年近く前の本ですからね。

平山 でも、エバーグリーンな作品です! 女性が出世するための選択肢はあまり変わっていないんじゃないかと思いますが、いまは当時より欲望が非常に細分化されたとも感じます。選択肢が増えたのに、いまだに息苦しさはあると言われますよね。

斎藤 どんな時代でも、そりゃあ息苦しさはあるわけですが、でも『モダンガール論』が出版された2000年当時とは変わった点も多々あります。『モダンガール論』のキャッチレーズは「女の子には出世の道が二つある。社長になるか、社長夫人になるか、それが問題だ」だったのですが、でももう「職業婦人か専業主婦か」という二者択一の時代ではなくなりましたよね。2020年代の1564歳の女性の就業率は70%を超えていて、2544歳に限ればほぼ80%。男性の就業率と大きな差はありません(内閣府男女共同参画局「女性就業率の推移」)。非正規労働者が多いなどの問題はあるにせよ、結婚後も女性は仕事を続けるのが前提で、「立派な家庭婦人」を目指すのが人生の目標だ、という女性は大きく減ったと思いますよ。寿退社という言葉も最近聞かなくなったしね。「結婚したら仕事は辞めて家庭に入ってほしい」という男と結婚したいと思う女性はあまりいないんじゃない? だいいち男性の経済力も20世紀に比べれば落ちていて、2人で働かないと家計が維持できませんからね。それはそれで別の息苦しさあるわけですが。

平山 戦前は社会制度による直接的な制約が強かったけど、現代は評価圧力とか社会規範とか、プレッシャーが多重化している印象です。息苦しさの種類が変わっただけなのかも。でも、女性にとって今の社会は、少しはましになったと言えますかね。

斎藤 そりゃ当然ましになったでしょう。前がひどかったからね。だけどやっぱり今でも課題はいっぱいある。視点は少し違うけど、『モダンガール論』の中で論じた近代や、あるいはこの本が出た当時と現代が大きく違うのは、インターネットが社会の隅々にまで普及したことでしょうね。SNS上で個人情報がここまで公にさらされ、時には誹謗中傷の嵐になって、中には命を絶つ人までいる。以前には想像できませんでした。

平山 インターネットは有名人の発言も一般人の発言も同じ比重であるというところが、画期的だったわけですが。

斎藤 そうですね、インターネットが出た時は民主化に貢献すると言われてましたよね。実際、誰も平等に発言したり表現したりできる場ができたことは大きいのですが、その反動もある。

平山 ろくでもないノイズに振り回されることになってしまった。私は団塊ジュニアなので子供の人数が多かった世代で、大人の目が行き届かなかったりしたけど、今は人数が少ないことで目立ってしまって、期待されたり、監視されているように感じたりして、そういう空気に敏感な子どもはすごく生き辛いということを、子供がいらっしゃる方から聞いて、あ、そういうこともあるんだと思って。

斎藤 今の子供たちは過酷なサバイバルレースを生きている。大変だなと思います。

平山 そうですね。若い時にSNSがなくてよかったと思います。

斎藤 でも今はネットなしでは暮らせないものね。

平山 もう戻れないですね。実は最近、SNSでちょっと炎上しまして......

斎藤 平山さんが?

平山 はい。電車の長椅子で、女性と女性の間にある席と、男性と男性の間にある席がある場合に、なぜ男性は女性と女性の間に座るのか、って書いたんです。見てると、本当に女性の間を選ぶ男性が多い。

斎藤 そうなんですか?

平山 私の見る限りです。

斎藤 へえ、おもしろいな。

平山 あれは何なんだろうって書いたんです。そしたら女性はほぼ同意。男性からは、「自意識過剰」「お前の横には座りたくない」「フェミブス」みたいな罵倒リプが散々来ました。ただ、男女ともに同じ意見だったのが、「男性も男性の横に座りたくない」。男性と男性の間は狭いからだって言うけど、椅子は男性が設計したに違いないのになあ、と思いました。

斎藤 男性も男性の横に座りたくないのは、ちょっとわかるよ。場所をとってて間が狭いのもあるけど、男が嫌いっていう男性はじつはけっこう多い。少し論理的にいえば悪しき男性性は社会の害毒だっていうことなんだろうけど、もっと感覚的なものとして、足を開いて座るとか、身体的な所作の問題もある。男らしさは鬼門ですね。

平山 女性のなかにもミソジニーはあるし、男性のなかにもミサンドリーはある。

昭和100年で斎藤さんが最も評価する女性は田中美津さん

平山 この100年で斎藤さんが最も評価されるべきと思われる女性はどなたでしょう。

斎藤 一人に絞るのは難しいけど、しいていえばやっぱり田中美津さんですね。

平山 ああ。

斎藤 フェミニズムなんていう言葉もなかった頃、プリミティブな意味での女性の解放をいちばんラディカルに表明したのか美津さんだったと思います。私はこの本の新装版が出た時に巻末に解説を書かせてもらったのだけど、『いのちの女たちへ とり乱しウーマン・リブ論』(パンドラ)は伝説の名著といっていいと思う。初版が出たのは1972年。リブ元年は70年だと言ったけど、書籍でいうと、ここから歴史が変わった感はある。今読むと過激に思えるでしょ、この本は。

平山 そうですよね。ドメスティックでもあり、オリジナリティも飛び抜けている。ご本人の行動力もすごい。1975年にメキシコに行かれましたよね。第1回世界女性会議出席のためだけど、リブと距離を置きたくなったとも書かれている。そして帰国後に鍼灸師の資格をとられた。

斎藤 近代の論理に疑問を持つという意味で、特に日本のリブは身体性へのこだわりが強かった。美津さんが評論の道を行かずに、鍼灸師の資格をとられたのも、そういうことがあったかもしれません。彼女の名言が「わかってもらおうと思うは乞食の心」っていう......。

平山 なかなか言えないですよね。

斎藤 それから、「便所からの解放」っていうマニフェスト。便所とは何かというと、要するに女性は男性の性的なはけ口だと。

平山 衝撃ですよね。

斎藤 衝撃ですよ。こんなこと言っちゃっていいのか、という。

平山 ラディカルでかっこいい。田中さんってちょっと複雑なところがありますよね。「乞食」とか「便所」とか強い言葉でオルグする一方で、「とり乱し」として、男性によく思われようとしてしまう自分についても認めている。リブに限らず、運動ってどうしても最初は0か100かになりがちで、なのにその時点でバッド・フェミニストな自分を認めている。なので、多分当時は一部分は理解されるけど、全体像がなかなかわかりづらかったんじゃないかなとも思いますが。

斎藤 まあ歴史に影響を与えていく人は、ある種天才なので......。

平山 どこまでついていけるか試されているようなところがある。

斎藤 そうそう。晩年に一度だけお目にかかりましたけど、やっぱりオーラを感じました。上野さんとの対談の共著もありますね。

平山 『美津と千鶴子のこんとんとんからり』(木犀社)ですね。亡くなった時に「現代思想」でも特集がありました。202412月号「特集=田中美津とウーマンリブの時代」。上野千鶴子さん、江原由美子さん、信田さよ子さんなど錚々たる方々が寄稿されてました。

女性差別に対する怒りは小学5年生から変わらない

平山 斎藤さんご自身、昭和、平成、令和と時代が進むなかでご自身の意識とか感覚の変化って感じますか?

斎藤 変わらないですよ(笑)。よく「前は普通に結婚するのがいいと思ってましたけど、これこれの本を読んで意識が変わりました」と言う人がいるじゃない。あと「私は女だからといって差別されたことはありません」とか言う人もいるけど、それは死ぬほど鈍感か、ウソついてるかのどちらかですからね。という意味でいうと、私は小学5年生の時から変わってない。

平山 小学5年生!

斎藤 5年生の時から差別に怒ってました。60年代、70年代の学校は「女のくせに」とか言ってくる同級生の男が普通にいるわけね。それにいちいち腹を立ててた。家庭内では女きょうだいだけなので「女だからこうしろ」みたいなことは一切なかったけれど、一歩外に出れば違う。報道なんかにもムカついてました。一人で怒っていたわけです。だからウーマン・リブが出て来たときには共感しましたね。中学生、高校生の頃の話です。

平山 なるほど。そういう時代ですもんね。私は周りに一切関係なく自分の好きなことだけをやっていた意識の低い人間なんですけど。ただちょっと思い出したのが、小学5年生の時担任だった男の先生が男子ばかり贔屓する先生だったんですよ。「男子のスポーツは見てて楽しいけど、女子はつまらん」とか平気で言ったり、男子と女子でバレーボールの試合をさせて、男子が負けたら「もう一回やり直せ」って言ったり。それで、女子が総スカンを食らわせました。

斎藤 おお、いいじゃないですか。

平山 給食に味の素をめちゃくちゃ入れました(笑)。

斎藤 やることが可愛い。

平山 その先生と女子は常にバトル状態で、全員廊下に出て授業をボイコットしたりもしてました。

斎藤 えー! すごい、立派。かつては学校自体が差別の温床でしたからね。女子は家庭科、男子は技術という、あからさまな教科の差別もあったし、名簿も男子が先で女子が後という序列がはっきりしていた。家庭科が男女共修になったのは中学が1993年、高校が94年。男女混合名簿は今、ようやく普及しましたけど、とはいえ、それはごく最近の話です。ちょっと話が変わるけど私、高校の時にフェンシング部だったのね。

平山 えー、そうなんですか。

斎藤 フェンシングにはフルーレ、エペ、サーブルという3種目があるんだけど、当時の女子の種目はフルーレしかなかった。今はエペもサーブルもあって日本の女子は強いんだけど。なぜこの2種目が女子はないかというと「決闘だから」って説明されてたわけ。エペは決闘に由来しているから剣の先が相手の身体のどこかに触ったらそれで得点になる。サーブルは馬上での戦がルーツなので、上半身だけを切ったり刺したりする種目。

平山 なるほど、騎士のやることだと。

斎藤 そう。フルーレはルールが細かくてスポーツとして洗練されていた。エペは96年、サーブルは2004年からとオリンピックの女子の正式種目になりましたが、スポーツにもこういう差別はあるわけですよね。高校野球に女子選手は出場できないとかさ。

平山 確かにそうですね。私の学校では学級委員は男子、副学級委員は女子で、謎だった。女子の方が勉強ができる子だったりするのに。

斎藤 テレビのニュース番組は、長い間、ニュースを読む人は男性で、女性はアシスタントでした。

平山 そうですね、はい。

斎藤 女性史の転機になった戦後の出来事はいくつもありますが、1975年の国際婦人年メキシコ大会は世界中のウーマン・リブの人たちの一堂に会したという意味で、第2波フェミニズムの象徴的なイベントだった。その後、行動する会(「国際婦人年をきっかけとして行動する女たちの会」注1)ができて、彼女たちの活動は大きな意味がありましたよね。「私作る人、ボク食べる人」(注2)を批判するとか。

平山 ハウスのインスタントラーメンのCMですね。

斎藤 そう。あれはまさに75年のCMです。ああいうメディアやCMの中の差別って、面倒でもいちいちあげつらって糾弾していかないとみんな気づかないのよね。でもそういうこと言うと、女のヒステリーだとかっていう人が必ずいる。

平山 ささいなことを、みたいな。

斎藤 そうそう、「ささいなことあげつらいやがって」って。20世紀終わりまではそうでしたよね。でも今は差別的なCMは、すぐ炎上して、企業も謝罪してひっこめざるを得なくなったでしょ。見る人たちの側にメディアリテラシーが育った証拠ですよね。

平山 こう見てくると、本当にだいぶ変わったんですね。

「総理大臣だって女性なんですけど」と言えることは女性の後押しになる

平山 女性の政治家が増えることはやはり必要だと思うんです。野田聖子さんと辻元清美さんの『女性議員は「変な女」なのか 私たちの議員生活30年』(小学館新書)に、「女性の政治家や役職者に世間の目が慣れることが大事で、女性でもできるっていうことを知らせるためにも、増やす必要がある」と書かれてましたが、あらためてそう思います。ちなみに高市早苗さんは昭和100年で初の女性総理大臣ですけど、何かご意見ありますか?

斎藤 みんなそういう質問をしてくるから、避けて通ってきたんですけど......。高市首相の誕生にどう反応するかは、難しいところがあったよね。高市さんが総裁選に勝った時、上野千鶴子さんも福島みずほさんもSNSで「嬉しくない」とポストしてたでしょ。それはね、よくわかるんですよ。高市早苗を私だって支持なんかしませんよ。でもね、そうそう、うまくはいかないんだって。理想通りの女性政治家が、そんなに簡単に出てくるわけないじゃないですか。高市さんは保守のタカ派だから勝てた。保守政治家の世界で正攻法で勝ち上がってきたわけで、彼女の本を読むと普通に頑張り屋さんの人ですよね。

平山 それはそうなんでしょうね。

斎藤 それを「男社会に媚びて」とか「女を利用して」とか言うのは古典的なミソジニーなんだよね。出世した女性は、伝統的にずっとそう言われてきた。「中身は男だ」とか「思考は男と同じ」というような言い方をすると、自分を下げてしまうことになるので気をつけたほうがいいいですね。言いそうじゃない? 「スカートを穿いた男性」とか「名誉男性」とかさ。だけど、女性にもいろんな思想の人がいるのよ。

平山 もちろんそうです。

斎藤 幅があることがある意味、重要なので、自分が気に入らないからといって、反射神経的に拒否反応を示すのは、あまりいい手ではないと思う。辻元清美さんはともあれ祝意は示したでしょ。まあ政治家同士だからということもあったと思うけど。

平山 女性議員は超党派で仲のいいところもあったりするみたいですね。

斎藤 同僚だからね。

平山 数が少ないということもありますでしょうしね。

斎藤 ともあれ1つの壁は突破できたわけですね。その次には、ジェンダー平等政策をしっかりできるリベラルな女性リーダーを出せるように、私たち有権者が頑張ればいい。政治に関心がある人は、彼女がどういう政治家か、知っているから拒否反応を示すわけですが、たいがいの人はよく知らない。知らないから自民党の政治が続いてきたわけでさ。やっぱり女性が首相になることの効果はあるんですよ。組織の中で女性をトップにすることに、抵抗する人はいまもいる。そういう人には「総理大臣だって女性なんですけど」って言ってやればいい。学校であれ企業であれ何らかの団体であれ、いろんなところで「でも日本は女性が総理大臣ですよね。東京都知事も女性なんですけど」って言えることが、一つの後押しにはなる。法律が後押しになるのと同じように、組織のトップに女性が立つモデルケースができることは、絵的なことも含めて重要だと思います。

平山 女性のトップが当たり前になるきっかけになればいいと。

斎藤 まあ高市さんは壁を突破してくれただけでもういいので、次の選挙では大負けしてちょっと引っ込んでいただきたいと思いますけどね。

平山 そういう意見もお聞きできて良かったです。高市さんは保守のアイドルみたいな言い方をされてますけど、ちょっとパーソナリティがよくわからなくて。努力家というか、働いて働いて発言もそうですけど、一生懸命ということは伝わるんですけど、どういった方かよくわからなかったので、賛否両方の意見を聞いてみたいなという思いがあります。

斎藤 私は政治家の本を割と読むんですけど、高市さんの本って面白くないの。なぜかというと論文集なんです。安全保障政策とかの政策論なわけ。普通の人には何を言っているかわからなくて、寝る(笑)。高市さんのことがわかる本は『愛国とロック』(飛鳥新社)。大下英治さんという政治家の評伝をたくさん書いている人の本です。かなりよいしょ気味なのは事実だけど、読むと子供の時からどういうふうにしてここまで来たかがわかります。高市さんのお父さんは会社員、お母さんは警察官、共働き家庭なの。それで弟がいるのかな。女は4年制の大学に行かなくていいと父親に言われて反抗して、バイトして進学資金を貯めるわけ。それで慶応にも合格するんだけど、お金がかかりすぎるので、神戸大学に入る。その後も、ずっとバイトで学費を払い続けた。あとガールズロックバンドのドラマーだったとか、400ccのオートバイで日本一周したとかいうエピソードもあって、ファンというのはそういうところに共鳴しているんでしょうね。

平山 なるほど。

斎藤 卒業後は、松下政経塾に入って政治家を志すわけですが、アメリカ大統領選の初の女性候補になったパトリシア・シュローダーの演説を見てアメリカに行きたい、その人の下で働きたいと考える。その時、手を貸してくれたのが自民党の国会議員。

平山 あぁ、なるほど。

斎藤 で、2年ほどそこで勉強して帰ってくる。そこから奈良でいきなり国会議員に立候補するわけだよね。で、1回落ちるけど、その後ずっと勝ち続けてきたわけでしょ。努力と実行力の人だよね。20代、30代にそれをやれる人は、男女にかかわらず、いろんな意味で優秀なんですよ。小池百合子もそうだよね。二世議員でもないし、潤沢な資金があったわけでもなく、正攻法で勝ち上がってきた。というところまでは認めます。政治家になってからはどうなのかなっていうのはもちろんあるんだけど。

平山 なるほど。女性だからといって女性政策をすぐやれみたいなことは......

斎藤 そうはいかないってことですよ。いろんな人がいるのは当たり前。サッチャーみたいな人だっているわけだからね。鉄の女といわれるサッチャーも、いわゆるサッチャリズム、公営住宅や国営企業の民営化を進めて「揺りかごから墓場まで」だった福祉国家を、新自由主義経済の国につくりかえちゃったわけですからね。女性だという属性だけで注目されるのは最初だけで、結局は政策が問われるわけでしょ。高市さんもさっそくミソつけていますよね。「台湾有事発言」(注3)は最悪だった。中国との関係がこれで一気に悪化した。どうしくれるんだ、と思ってる人は多いはずです。それでも支持率が7割をキープしているのがよくわかりませんね。

平山 本当になんというか。周りに支持している人がいないからわからないんですよね。

斎藤 今度の選挙は「推し活」だったのだと思いますね。アイドルと同じように政治家を推す。高市さんの場合は、まさに女性であるという属性と、きっぱりした物言いが受けたのでしょうけど、それでこの国がどうなってしまうか考えると、かなりヤバい。そういう意味では警戒しています、私は。(後編につづく)


注1 国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会 1975年の国連「国際婦人年」を契機に、日本で女性問題を議論し行動するために結成された市民グループ。フェミニズム運動家や研究者などが呼びかけ人となり、女性の労働、教育、差別などの問題を議論する集会や学習会を開き、分科会による研究や討論を通じて女性解放運動の連携づくりを進めた。1996年に解散。

注2 私作る人、ボク食べる人 1975年、食品会社のインスタントラーメンのテレビCMで女性が「作る人」、男性が「食べる人」と語る表現が、性別役割分業を固定化するものだとして問題視され、「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」などが抗議を行った。企業は同年10月に放送を中止した。世間的には、問題ないという声も多かった。

注3 「台湾有事」 2025年11月の衆院予算委員会で、高市首相は台湾有事が日本の安全保障法制上の「存立危機事態」に該当し得ると述べた。台湾有事と集団的自衛権の関係については歴代首相が具体的言及を避けてきたが、現職首相として踏み込んだ発言となったため中国政府が強く抗議し、外交官の非難発言や留学・観光への注意喚起など日中関係に著しい緊張関係をもたらした。


斎藤 美奈子(さいとう みなこ)

文芸評論家。1956年、新潟県生まれ。児童書の編集者を経て、1994年『妊娠小説』(筑摩書房)でデビュー。2002年『文章読本さん江』(筑摩書房)で第1回小林秀雄賞受賞。近著に『絶望はしてません ポスト安倍時代を読む』(筑摩書房)、『ラスト1行でわかる名作300選(中央公論新社)。その他の著書に『モダンガール論』(文春文庫)『戦下のレシピ』(岩波現代文庫)、『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)、『挑発する少女小説』(河出新書)、『出世と恋愛ー近代文学でよむ男と女』(講談社新書)など多数。