12月25日(火)北上次郎の2012年ベスト10

私を知らないで (集英社文庫)
『私を知らないで (集英社文庫)』
白河 三兎
集英社
683円(税込)
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海の見える街
『海の見える街』
畑野 智美
講談社
1,575円(税込)
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母親ウエスタン
『母親ウエスタン』
原田 ひ香
光文社
1,785円(税込)
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暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)
『暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)』
マーク・グリーニー
早川書房
987円(税込)
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小野寺の弟・小野寺の姉 (リンダブックス)
『小野寺の弟・小野寺の姉 (リンダブックス)』
西田征史
泰文堂
1,260円(税込)
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百年法 上
『百年法 上』
山田 宗樹
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,890円(税込)
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百年法 下
『百年法 下』
山田 宗樹
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,890円(税込)
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海翁伝 (講談社文庫)
『海翁伝 (講談社文庫)』
土居 良一
講談社
760円(税込)
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君の夜を抱きしめる
『君の夜を抱きしめる』
花形 みつる
理論社
1,575円(税込)
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アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)
『アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)』
ジョン・スコルジー
早川書房
1,092円(税込)
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美しき一日の終わり
『美しき一日の終わり』
有吉 玉青
講談社
1,995円(税込)
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①『私を知らないで』白河三兎(集英社文庫)
②『海の見える街』畑野智美(講談社)
③『母親ウエスタン』原田ひ香(光文社)
④『暗殺者グレイマン』マーク・グリーニー(伏見威蕃訳/ハヤカワ文庫)
⑤『小野寺の弟・小野寺の姉』西田征史(泰文堂)
⑥『百年法』山田宗樹(角川書店)
⑦『海翁伝』土居良一(講談社文庫)
⑧『君の夜を抱きしめる』花形みつる(理論社)
⑨『アンドロイドの夢の羊』ジョン・スコルジー(内田昌之訳/ハヤカワ文庫)
⑩『美しき一日の終わり』有吉玉青(講談社)

 2012年の翻訳ミステリーのベスト1が、「このミス」も「週刊文春」も、『解錠師』スティーヴ・ハミルトン(ハヤカワ文庫)になるとはまったく意外。もちろん、つまらない作品ではないが、ベスト1はないだろ、という気がする。あの『チャイルド44』トム・ロブ・スミス(新潮文庫)ですら、「このミス」1位、「週刊文春」2位だったのだ。まさかね。

 アーナルデュル・インドリダソン『湿地』(東京創元社)が1位になるものとばかり思っていた。アーナルデュル・インドリダソンは、スティーグ・ラーソン『ミレニアム』(ハヤカワ文庫)以降、どっと増えた北欧ミステリーの中でいまのところいちばん。「ラーソン以降」でこの人を超える作家はいない。ちなみに、ヘニング・マンケルは「ラーソン以前」だ。北欧ミステリー界の番付をつくれば、スティーグ・ラーソンが一人横綱、東の大関がヘニング・マンケル、西の大関がアーナルデュル・インドリダソンといった感じか。

 あるいは、スコット・トゥロー『無罪』(文藝春秋)、アラン・グレン『鷲たちの盟約』(新潮文庫)、ジョン・ハート『アイアン・ハウス』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)などなど、印象に残る作品がまだまだあったのである。それらを押し退けて『解錠師』とはびっくりだ。年間のベストどころか、その月の推薦作にもしなかった記憶がある。いや、気になったのでたったいま調べてみたら、私、その月の推薦作にしていた(笑)。ただし、◎ではなく、○でもなく、△という印だから、きわめて消極的な推薦だ。

 まあ、ベスト10というのはお遊びだから、なんでもいいのだ。私のこのベスト10も、意見の異なる人から見れば、何なのこれ、と言われるかもしれない。万人を納得させるベスト10はあり得ない。今年、このベスト10に翻訳エンターテインメントを2作入れることにしたのも深い意味はなく、どうしても入れたくなっただけ。

 4位にした『暗殺者グレイマン』は、きわめて個人的な選択であることを先にお断りしておく。これは近年珍しいアクション小説の傑作なのだが、はたして多くの読書人がこの手の小説を好むのかどうかはわからない。ただ、八十年代に冒険小説に熱中していた人ならば、絶対のおすすめだ。静から動への激しい転換が、最初から最後まで切れ目なく続くのである。その間、ただの一度もダレないから感服。その迫力と興奮は、ただごとではない。スティーヴン・ハンター『狩りのとき』(扶桑社ミステリー)を読んだときの熱が蘇ってくる。続刊も翻訳されるようなので、なぜこの作者がこれほどの緊度あるアクションをたたみかけることが出来るのか、それまでの間、宿題にしておきたい。ただいま私、この小説を分析してみたくて仕方がないのだ。プロットを細かく分けて取り出し、なぜこれほどのアクション小説が奇跡的に成立したのかを考えてみたいのである。それが2013年の個人的な宿題だ。

 翻訳エンタメのもう1冊は、9位にした『アンドロイドの夢の羊』。ジョン・スコルジーがあの『老人と宇宙』(ハヤカワ文庫)の作者であることを思い出して手に取ったが、この作者、娯楽小説の職人なので、ホントにうまい。最近のSFにはまったくついていけない私が、ジョン・スコルジーの小説にはどんどん引きずり込まれるのだから、もう感服である。SF嫌いの読者にこそすすめたい。読み終えても何も残らないが、それこそが娯楽小説の王道というものだ。

 時代小説は7位の『海翁伝』。松前藩の基礎をつくった蠣崎季広、慶広の二代を描く歴史小説だが、読み始めるとやめられなくなる。蝦夷の地を守った男たちの歴史が、奥行きたっぷりに描かれる。土居良一は1978年に『カリフォルニア』(講談社文庫)で第1回群像新人長編賞を受賞した人で、その後、近未来のサハリンを舞台にした『ネクロポリス』(講談社)(これも傑作だ)などを書いているが、はたしてこの歴史小説の路線を続けて書いてくれるのかどうか。

 8位はヤングアダルトから『君の夜を抱きしめる』。学習塾でアルバイトをする大学生の新太郎を主人公にしているが、今回はなぜか新太郎の育児の日々が始まるというもの。温かな気持ちが行間から立ち上がってきて、ゆっくりと溢れだすから素晴らしい。

 と、ここまでは翻訳ミステリー、SF、時代小説、ヤングアダルトと、各ジャンル1冊ずつ選んだ恰好になっているが、それは偶然であり他意はない。2012年に印象に残った本を選んでいったらこうなっただけである。

 10位の有吉玉青『美しき一日の終わり』はとても古風な恋愛小説で、こういう小説は一人静かに読んでいたい。美妙十五歳、秋雨八歳のときの出会いからこの小説は始まる。その瞬間からともに惹かれていくのだが、二人とも思いを終生秘めていく。ここで描かれるのは、なんと五十五年間の純愛だ。同時にとても官能的な小説でもあるのだが、それは言わぬが花。

『百年法』と『小野寺の弟・小野寺の姉』の二作については、いまさら説明は不要だろう。いきがかり上、ほんの少しだけ触れておくと、前者は構成が群を抜いている。たとえばラスト近くの牛島大統領の演説をあえて省略する技法が、最大の効果をあげている。女性の泣き崩れる声だけを描いて、演説そのものは描かないといううまさだ。この技法が随所で炸裂して、物語に緊張をもたらしている。後者は、姉と弟の、脱力するような日々がいい。テレビの脚本稼業に忙しいようで、小説を続けて書いてもらえるのかどうかが心配ではあるのだが。

 ということで、残すはベスト3。まず1位は、昨年に引き続き、白河三兎の二連覇だ。前作『角のないケシゴムは嘘を消せない』から1年9カ月も待たされてしまったが、それだけの価値はある。今回も、まぎれもなく傑作だ。構成の見事さ、会話のうまさ、センスの良さ──すべてが素晴らしい。あとは黙って読まれたい。

 2位は『夏のバスプール』(集英社)の予定だったが、『海の見える街』が出たのでこちらにすることにした。『夏のバスプール』も傑作青春小説なので、ぜひ読まれたい。畑野智美はどんどん大きくなる。近年稀にみる新人といっていい。

 3位は、その奇妙な味に惹かれて、『母親ウェスタン』。この作品で初めて原田ひ香を知り、あわてて『東京ロンダリング』を読んだが、これも面白い。賃貸の部屋で自殺などが起きた場合、そのことを次の住民に告知する義務があるらしいのだが、そのために不動産屋が数カ月単位でその部屋にアルバイトを送り込む。そうすれば、その次の住民には告知する義務はなくなるというわけだ。そのアルバイトするヒロインの日々を描いたのが『東京ロンダリング』で、ヘンなことを考える作家がいたものだ。『母親ウェスタン』がどうヘンであるかは、あちこちの書評で書いたのでここには書かない。これも相当にヘンだ。とても不思議な小説を読んだな、という感覚が残り続ける。

 例年なら、ベスト10に入れられなかった作品にも触れるところだが、今年は割愛する。このベスト10の中に一冊でも気になる本があったら、正月休みにぜひお読みいただきたい。小説はまだまだ力を持っている。愉しい時間をきっと与えてくれるはずである。