11月6日(月)
昨日までの3連休、浮き玉▲ベースボール秋田大会に参加していたため、やや身体が重い。こんな日はのんびり仕事をして体力の回復につとめたいと思っていたけれど、そんな僕の想いとは関係なく山のように仕事が襲いかかる。午前中から毛髪逆上モードで仕事をせざるえない。
まずは、『沢野字の謎』の急ぎの追加注文分を書店さんへ直納する手配。伝票を切って、お店ごとに納品用の袋に入れる。売れ足の早い書店さんで、残り在庫の少ないところにはなるべく直納するようにしている。売れないのはまだ仕方ないけれど、売れる機会を損失することだけはどうにか避けたい心境。
その後は、今月21日搬入の新刊『総天然色の夢』の地方書店さんへの営業ファックスを作る。その間に、まもなく社内で開かれる1月号「本の雑誌が選ぶ2000年度ベスト10」の推薦本を絞り込んだり、電話が何本もかかってくる状態。その電話のなかで一番驚いたのは、神田村の取次店H社の倒産話。直接取引はないものの、こういう話を聞く度に身を摘まされる気持ちになってしまう。
午後からは、直納と営業活動。神保町の納品を済ませ、その足で、水道橋、飯田橋へと営業にでかける。
「本の雑誌」でもおなじみの飯田橋深夜プラス1に顔を出す。店長の浅沼さんは今日も元気で、いつもの挨拶「何か面白い本あった?」と声をかけられる。
初めて浅沼さんに会ったのは、本の雑誌社に入社した3年前。営業の前任者Sから「一番お世話になっている書店さんのひとつでミステリーの専門店だよ。」と教わった。「ミステリー」。そのとき僕はこの言葉を聞いてかなり狼狽した。僕は恥かしい話、本の雑誌社に入社するまでミステリーというジャンルを読んだことがなかった。それどころかいわゆるエンターテーメントの小説すらほとんど読んだことがなかった。その頃の僕の読書というのは、文章のなかから、何か「人生に役立つ言葉」を探し歩いているような読み方。これだと思う文章にぶち当たると、ノートの端っこに書き写し、何度も何度も復唱して、心にしまい込むような感じで読んでいた。いわゆる青春期にありがちな読書。
そんな読書しかしてこなかった人間がいきなりミステリー専門店に営業ができるのだろうかとかなり不安になった。きっと専門店と言うからには浅沼さんもカタブツな人で、ろくに本を読んで来なかった僕を相手にしてくれないんじゃないかと思った。それどころか会話が成立するのだろうか、それすらも自信がなく飯田橋の駅前でしばらく立ちすくんでいた。
どうしよう…。適当に相槌を打って、それなりの人間だと思わせることがいいのか、それとも、恥を忍んで素直に話した方がいいのか。その時僕は思った。一度きりの関係ならば適当に誤魔化すことも可能かもしれない。でも、今後長いつき合いになるのだから、ここは潔く自分の無知をさらけだして素直に教えを請おう。恥なんてどうでもいい。とにかくわからないことはわからないと言って、教わらないことにはどうにもならない。
勇気を振り絞って、お店に入る。感じの良さそうなエプロン姿のお兄さんに、「初めまして、本の雑誌社の杉江です。前任の……。」
と挨拶を交わす。
すると、いきなりそのお兄さんが
「ああ。そうなんだ、今度は杉江くんになるのね。よろしくね、僕が店長の浅沼。」と名乗られかなり拍子抜けした。
浅沼さんは、僕が想像していたのとは全然違って、とても人当たりが良く、優しい感じの人だった。
続けざまに浅沼さんは、こんな言葉を投げかけてきた。
「杉江くん、何か最近面白い本あった?」
いきなり、一番恐れていた質問だ。ドキドキしつつ、しばらく僕は考え込んでしまった。どうしよう。でも、浅沼さんがデキル人なのは人目でわかったし、そんな人に僕の付け焼き刃なインチキは通用しないと腹をくくった。
「すみません、浅沼さん。恥ずかしながら、ミステリーとかSFとか全然読んだことがないんです。できれば、どれから読んだらいいか教えて欲しいんです。」
浅沼さんは、笑顔で数冊の本を教えてくれた。「これとこれが今一番かなあ。オレも読んだけどすごく面白かったよ。とりあえずそれを読んで面白かったらまた教えてあげるよ。」
その2冊の本を買って、僕は帰りの電車でむさぼるように読みはじめた。面白い。とにかく素直に面白い。ただ普通に物語りを楽しむということをそのとき初めて知った。まさに目から鱗が落ちた2冊である。
それ以来、訪問する度に浅沼さんから面白本を紹介してもらっている。旧作も新作もいろいろと交え、どれもこれも面白い本ばっかりで、今では僕の最良の読書相談員である。
あの時、格好をつけて、知ったかぶりをしていたら…きっと今のような、まるで弟のように扱ってくれる人間関係には、なれなかっただろう。それに僕の読書の幅も狭いままだったことだろう。ありがとうございます、浅沼さん。
そして、今の僕の目標は、浅沼さんに面白本を逆に教えること。いつかその日が来ることを密かにたくらんでいるのである。