11月15日(水)
田園都市線、二子玉川、三軒茶屋と営業し、その後は山の手線各駅へ移動。
あたりの暗くなった頃、営業予定最後の代々木駅に辿り着く。
代々木は僕にとってかなり思い入れの強い街。何度訪れても駅前でしばらくぼんやりしてしまう街だ。
ちょうど10年前。僕はギリギリの成績で高校を卒業した。テストはほとんどカンニングか鉛筆転がしだった。3年間遊ぶことしか考えず、学校生活も半ば放棄し、もちろん勉強はまったくしなかった。ほかに楽しいことが山のようにあった。新学年を迎える直前に近くの書店で販売される教科書すら買っていなかった。
高校3年になって、クラスメートのほとんど大学進学を希望し、休み時間も勉強していた。何も考えていなかった僕も、何となく大学に行かないとまずいのかなと思い、いくつかの大学を受験した。もちろんまったく受験勉強をしていないのだから、受かるわけがない。全敗だった。
そして、何となく浪人した。その浪人生活で選んだ予備校が、この代々木にある代々木ゼミナールだった。
代々木に通いながら、何となく勉強していた。毎日想うことは、何でこんなことをしているんだろう?という素朴な疑問だった。大学に行って何をするのか?勉強したいことがあるのか?大学に行って良い会社に入りたいのか?それがしたいのか?そんなことを悶々と自問自答する毎日だった。
浪人生活が2ヶ月が過ぎ、一緒に浪人している友達と話しているときだった。
「国語の成績があがらないんだよなあ。どうしたらいいんだろう?」と僕が聞くと、その友達は、
「杉江は本を読んでる?読んでない…か、そっかそれだったら少し本でも読んでみたらいいんじゃない。オレのお薦めの小説があるから読んでみなよ。」
と言い、2冊の本を紹介してくれた。
本を読めば、少しは成績も上がるのかと、めずらしく友達の助言を素直に聞き入れ、早速近くの本屋に立ち寄り、その2冊の本を買った。
浪人生活なんて腐るほど時間がある。受験勉強以外にすることがないのだから。買ったその日から貪るように読み、アッという間に読了した。
その2冊の小説を読んで、思いもかけない結果になった。
それは国語の成績がグングン伸びて第一志望の大学へ見事合格したということではなく、僕はあっけなく浪人生活をやめてしまったのである。大学進学をやめた。もちろん1年後に受かる保証はないけれど、とにかく大学へ行こうとするのをやめた。目的がないことをしたくないと思った。
僕は初めてまともに読んだその2冊の小説に、感動し、考えさせられ、何となく…の想いを断ち切ってしまった。
とにかく、このままじゃダメだ!とそのとき強く思った。
そしてこのまま無目的に大学へ進学することをやめる決断を下した。
それからいろいろと転がり、今、ここ本の雑誌社の営業マンとして働いている。もちろんこの先はまだわからないけれど、自分で選んでここにいるのだから、納得はしている。それは「何となく…」の想いではなく、自分で決断したことだからだ。あれ以来、「何となく…」は封印している。
小雨の降る中、今日も代々木駅前でしばらく立っていた。目の前にそびえ建つ代々木ゼミナールを眺め、あの頃、悩み続けて、それでも一生懸命考えて、ひとつの決断を下した自分を思い出す。そして、「今は大丈夫か?」と自分に問いかける。「大丈夫だ、あの頃の自分に負けてないよ。」というときもあれば、「ダメだ、ダメだ、負けているなあ。」というときもある。
月に1度、この代々木駅に立ち、僕は自分自身のひとつの原点と照らし合わせる。そして自分の意識を確認する。
その2冊の本は手垢で黒々となるほど、何度も何度も読み直している。もうすでにボロボロになってしまっているけれど、本棚の一番良い場所にいつでも輝きをもって鎮座している。そしてその2冊を買った本屋さんが、今では営業先になっている。あの頃とは棚の配置が変わっているけれど、感慨深いお店であるには変わりない。
本を紹介してくれた友達は、今では、唯一無二の親友だ。どんなときでも声がかかれば駆けつけ、話があればとことん聞き、答える。お互い自分のこと以上に相手のことを考えられる大切な仲間だ。
僕には、そいつと、この2冊の本のない世の中は、考えられない。