5月14日(月)
アジアチェンピオンズリーグの影響で今年の浦和レッズは日曜日の試合が多いのだが、これがちょっとつらい。なぜなら叫びすぎた喉の回復が間に合わず、月曜日はガラガラ声になってしまい、営業ができない。
通勤読書は、『本の雑誌』6月号の巻頭「今月の一冊」で紹介されている『日本でいちばん小さな出版社』佃由美子著(晶文社)。
知人から「僕の本作らない?」と頼まれ、なんとまったくの門外漢ながら突然出版社を立ち上げてしまった人の話である。よくぞ取次店が取引をしてくれたなと驚いてしまうような状況なのだが、本作りも出版業界のこともまったくわからない著者が、あっちこっちで感じる疑問は、おそらく出版業界で長く勤めている人も、疑問に思いつつもそのままにしていることが多いのではなかろうか。そして片意地張らずに始めた著者が、いつの間にか出版に誇りを感じ始める辺りの記述は、思わず汚れてしまった僕のココロをうつ。営業、編集、経理、総務と出版社のどの部署の人が読んでも楽しめる一冊であろう。
しかしいきなり出版社を立ち上げ、編集からレイアウトまで見よう見まねでやってしまうバイタリティー溢れる著者が、唯一できなかったのが、出版営業だったとは。そうかそうなのか。僕ら営業はそれだけ大変な仕事をしているのか。ならばもう少し待遇を良くしてもいいのではないか、とおそらくこの本を読んだであろう発行人の浜本に呟いてみる。
営業は山手線の西側。相変わらず不景気な話が続く。
「文芸書は酷いね。もう前年クリアなんて高望みはしないから、せめて90%に乗って欲しい。でもどうしようもないから先に手を打って、棚減らしちゃった」
確かにもはや文芸書の棚は必要ないかもと思うほど文庫化のスピードが速くなっており、常備に入った頃にはす、でに同じ本が文庫として文庫の棚に並んでいる可能性も高い。
うーむ、ならばいっそ文芸書の棚は文庫になったけど、あえなく数年で品切れ絶版になり、もはや新刊書店で手に入らない本を、古本(単行本)で並べるというのはどうだろうか。例えば僕の好きな山口瞳や丸山健二なんてほとんど品切れ絶版なわけで、その辺が文芸書の棚で古本として並んでいたら僕は間違いなく通うけど、ってやっぱりそれは紛らわしいか。
しかしそうやって文芸書の棚が減らされていくと、本の雑誌社のような文庫を持たない出版社は非常につらいことになるわけで、ならばいっそ本の雑誌文庫創刊!なんて思うが、そんなもんひとりしか営業マンがいない出版社でやったら死ぬのは僕だ。
参った参ったと呟きつつ、ひとり営業はそれでも書店さんを廻り続けるしかない。