3月5日(水)
去年の春から夏にかけて、小学校に入学した娘は、毎朝、目を覚ますと布団を揺らしながら泣いていた。
「学校、行きたくない」
学校がどれだけ矛盾に満ちた場所か私自身も知っているが、いざ自分の娘が「学校に行きたくない」と言いだしたとき、行かなくて良いとは言えなかった。
「がんばろう」
「がんばってるよ」
毎朝、そんな問答を続けつつも、結局休むこともなく、1学期を終えた。
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夏休みの終わりが近づき、私の頭を悩ませたのは、宿題ではなく、娘の反応だった。恐れていたとおり、夏休み最終日にはかなりナーバスになり、寝かしつけるのも大変だったが、翌日になると1学期のように泣くことはなく、着替えを済ませ、玄関に立った。
「パパ、通学班の集合場所まで一緒に行って」
何か決意したような表情で、そう私に向かって言った、娘の肩は小さく震えていた。
二人で歩いてすぐの集合場所へ行き、みんなが集まり出発するまで、一緒に過ごした。10人の通学班に親が顔を出しているのは我が家だけだったが、12月の冷たい風が吹き付けるまで、私は所在なげにそこにいた。
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そして冬休みとなり、私は大晦日の日に娘とお風呂に入りながら、ひとつの約束をした。来年は、自分ひとりで学校に行こう。娘は「そんなのわかってるよ」とお風呂場に反響するような大声で答えたが、私はまったく信用していなかった。
ところが3学期が始まり、私は約束していたのも忘れて一緒に外に出ようとしたときだった。
「パパ、もう来なくていいから」
娘は自分で玄関を開け、外に出て行った。玄関の扉の、10センチほどの磨りガラスの向こうに、黄色いランドセルの姿が映る。しばらくそこに黄色が反射していたが、ふっとその姿が消え、いつも通りの灰色になった。
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今朝、登校前に、妻と二人、娘から「ちょっと」と呼ばれた。
「ねっ、そこに座って! 話を聞く時は体育座りでしょ!!」
何が始まるのだろう? 妻と顔を合わせながら、娘が言うとおり居間の真ん中に座った。娘は私たちの前にたち、パンフレットのようなものを開き、読み始めた。
「この一年間、私は家族のおかげでいろんなことができるようになりました。こんどの休みにある授業参観は、一年間の成長を見てもらうときです。ぜひ来て下さい」
一気に読み上げると、娘は、走るようにして玄関に向かった。
娘が読みあげたパンフレットを見ると、授業参観の案内になっていて、そこには何度もかき消した跡の上に、先ほど読み上げた言葉が、ひらがなばかりで書かれていた。