6月2日(月)
沢野さんから突然荷物が届く。
トマトであった。
先日は、ネギが届き、その前は靴と傘が届いた。年の初めには、お年玉も届いた。
なんだろう。
★ ★ ★
昨日やったフルコートのサッカーで、足の裏にマメができ、痛いのなんの。
年々走れなくなっていく自分に残された生きる道は“司令塔”だろう。
声なら自信があるぞ!
通勤読書は『駅前旅館』井伏鱒二(新潮文庫)。
数ヵ月前、実家の近所の古本屋で見つけ喜んで購入したのであるが、なんと実家に戻って何気なく兄貴が残していった本棚を見ていたら、ささっているではないか。しかもしばらくしたら新潮文庫の「大人の時間」フェアで復刊されていた。ガックリ。
しかし内容は、今からみたら古き良き日本人というか、当時の生活がありありと描かれていて非常に面白い。一緒に買った『多甚古村』井伏鱒二(新潮文庫)も楽しみ。
とある書店さんを訪問すると
「杉江くん、聞いてよ、聞いてよ」と売り上げベスト100を見せられる。
「あのね、売り上げベスト100から単行本の小説だけのベスト5を作ろうと思って抜き出していたら、なんと100冊のなかに4冊しか入ってなくてベスト5が作れなかったのよ! しかもその4冊が結構前にでた小説で、最近の新刊は全然入ってこない!!」
うーむ。
「それとさ、最近新刊が少ないのよ。もしかして出版社ももう本作れなくなってる?」
うーむ、うーむ。
また別の書店さんで伺った話。
「文芸書の売り上げってね、たいてい月初あたりから低空飛行で、それで月末に向けて上がってくるのよ。新刊も給料日の25日あたりにまとまって出るし。でもね、最近はずーっと悪いまま。新刊も少ないし、出ても反応ないし」
そのあと、最近のめぼしい新刊の売れ行きを伺ったのであるが、ひと昔前なら最低注文数くらいの数でビックリ。そ、そんな売れないんですか?
「その分、文庫にいってる……ってほど文庫が売れているわけでもないんだよね。」
もはや本を読む人のなかで、小説を読むという人は、よほど少数なのだろうか。
ならばなぜ小説は読まれなくなったのか? 現実の方が小説を越えてしまったからとか、物語を楽しむ余裕がないとか、まことしやかに語られることがあるけれど……。
そもそも小説ってどういうときに読むもんなんだ? なぜ読むのだ!?
